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 劇評368

吉田鋼太郎は先達の叡智を継承しつつ、クリアで清廉なシェイクスピア世界を造形し得た。

 
 
「ヘンリー五世」

2019年2月10日(日)晴れ
彩の国さいたま芸術劇場大ホール
13時30分開演

作:w・シェイクスピア
翻訳:松岡和子
演出:吉田鋼太郎

出演:松坂桃李、吉田鋼太郎、
溝端淳平、横田栄司、中河内雅貴、
河内大和 / 他

場 : 劇場に向かう道程に、彩の国シェイクスピア・シリーズの出演者たちの手形と出演作が記載されたプレートが据えられています。観劇するであろう方々が、そのプレートを其処此処で写メにおさええています。

人 : 満席です。圧倒的に女性客が多いですね。やはり、松坂桃李ファンが多いのでしょうか。年齢層は20歳代から年配の方まで幅広いです。

 2013年に上演された蜷川幸雄演出の「ヘンリー四世」のスピリッツを受け継ぎ、ハル王子を演じた松坂桃李がタイトルロールの「ヘンリー五世」へと臨むことになった。演出は前作でフォルスタッフを担った吉田鋼太郎。自身もコーラス(説明役)として登壇する。

 2013年には初々しさも残る松阪桃李であったが、今や「ヘンリー五世」を体現出来るような、強靭な演技力や存在感を体得していることに驚嘆した。しかも、暑苦しい熱演とは程遠い、凛とした清々しさが滲み出る爽やかさが何といっても魅力的だ。

 「娼年」のヒリヒリするようなエロスを体現しながら空洞を抱えた女性に愛を充満させていく娼夫や、「マクガワン・トリロジー」の触れると怪我するような一寸先を読むことのできないテロリスト役などで完全に振り切った感があったが、シェイクスピアという演劇のある種の王道とも言える演目で、演劇の猛者どもの中心に屹立し、見事に「ヘンリー五世」を魅惑的に演じて見せた。

 「ヘンリー五世」は王という身分を隠し、一兵士として隊列に紛れ込み、王に対する、戦争に対する生身の声を聴くことに徹する光景にも、何の違和感もなく観ることができる。カメレオンのような俳優だなと松阪桃李に対して感じ入ることになる。

 吉田鋼太郎の演出は「アテネのタイモン」の時に担っていたであろう目に見えない重圧を、思う限りの打ち手でもって華やかにそして衝撃的に、且つ、演技もしっかりと観せるという様々なテーマを追っていたように記憶しているが、本作では、演出と作品のナビゲーター役という表裏の側面から、しっかりと作品の中に生きる人間たちの生き様を活写することに徹し、観る方もついつい舞台に集中してしまうことになる。

 本作では「ヘンリー五世」の天敵ともいえるフランス皇太子を溝端淳平が演じるが、ある種のヒール的な側面も浮き立たせ、松坂桃李とガッツリと拮抗していく。二国の長の押しも押されぬ丁々発止がなかなか面白い。

 合戦が多い作品であるのだが、蜷川幸雄イズムの継承か、可視的に敵か味方かを見せる衣装や小道具、細かな演技の差異などに、観客を混乱させない工夫が其処此処に凝らされており、安心して観続けることができる。吉田鋼太郎は、中庸な夾雑物を排してくれるのでシーンのテーマがクッキリと示されていく。

 また、演出の一番の功績だと思うのが、台詞を思いきり大切にしているということだ。俳優が繰り出す台詞が観客にしっかりとリーチするのだ。蜷川演出の、勢いや思い、天や神への謳い上げが、時として感情が先走るため台詞が聞こえ難いこともあったかと思うが、本作では、とにかく台詞をはっきりと発音することに徹しており、何だかとても心地良い印象を与えてくれる。

 蜷川幸雄亡き後、吉田鋼太郎は先達の叡智を継承しつつ、クリアで清廉なシェイクスピア世界を造形し得たと思う。次作も是非、期待したい。


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