劇評127 

次代に語り継がれるような出来栄えの秀作。

「十二人の怒れる男」


2009年11月29日(日)晴れ
シアターコクーン 14時開演
作:レジナルド・ローズ
訳:額田やえ子
演出:蜷川幸雄 
出演:中井貴一、筒井道隆、辻萬長、
田中要次、斎藤洋介、石井愃一、
大石継太、柳憂怜、岡田正、
新川將人、大門伍朗、品川徹、西岡徳馬
場 :  シアターコクーンをまたしても大改造。通常ステージのある場所に上下に長いフラットな特設ステージが設えてある。そのステージを四方から客席が囲む造りになっている。ステージ上には、既に大きなテーブルと椅子がセットされている。ここが陪審員の控室になるわけですね。
人 :  客席はほぼ満席。当日券も販売されていたようです。総じて年齢層は高めかな。チケットの争奪戦がさほど激しくない演目だと、年配の方も観に来ることができていい傾向だと思う。観客は演劇を楽しみに来たというような方々が多い感じ。真剣にシンとしてステージを見つめる雰囲気が温かである。


  どういう経緯があったのかは分からないが、蜷川幸雄がこの密室劇を手掛けるとは思ってもみなかった。この戯曲が名作ということに異論はないであろうが、派手なスペクタクル性がある訳でもなければ、大勢の人物が登場する群集劇でもない。氏の興味とは程遠いところにある戯曲だと感じていたからだ。しかし、時代性ということであれば、陪審員制がスタートしたこの今の日本において、あくまでもアメリカという異国の話であった内容が、グッと親近感を持って訴えかけてくることにはなったとは思う。時代を斬る氏の興味のポイントは、そんなところにあったのであろうか。

 


  作品は叙情的にスタートする。洗面台の蛇口から流れる水がフューチャーされ、観客はその滴り落ちる水をしばし眺めることになる。水が流れるという、ごく当たり前のことに、演出家は何を象徴させたかったのだろうか。自然が自然のままであることの自然さ、そんな当たり前のことを正しく捉えることの大切さ。そんな思いが頭の中をよぎっていく。

 
 


 実にいい作品に仕上がったと思う。面白い。感動した。戯曲が内に秘めた、爆発寸前のスペクタクル性が見事に掬い出されていたので、観客の目が思わず釘付けにされてしまうのだ。何がスペクタクルかと言うと、それは人の思い、である。誰もが秘めている何かしらの思いや葛藤、そんな気持ちが交錯する様が、実にスリリングに展開していくのだ。


 


  そのヒリヒリする緊張感を作り出していたのは、技術と年輪を併せ持った俳優陣に他ならない。どの役者も、その実力をいかんなく発揮出来ていたことが、その成功の大きな要因であると思う。また、誰もが変に突出することなく、実にいいアンサンブルを組めていたことも、作品にリアリティを付加させていたと思う。大仰な芝居をやられると、浮きますもんね。
その辺は皆さん大ベテランなので、他の役者さんや、その場面の状況を冷静に捉えながら、チューニングをされたのでしょう。出るところは出る、抑えるところは控えるという緩急が効いているんです。だから、抑えている時でも、突出した時の感情がつながっていているので、全員の気持ちが途切れない。その感情の紡ぎ方を実に繊細に組み上げていっているので、無罪、有罪の判定を翻していく様に、説得力が生まれてくる訳なのだ。

 
 


  また舞台を観客席が四方から囲むという設定も、演じる方は勿論のこと、観客にもいい緊張感を与えることになった。自分も、舞台上で演じている役者の一員になったような錯覚を覚えてしまうのだ。また、向こうに別の観客が芝居を見ている様が見れるという状態は、この事の顛末を一緒に目撃している共犯者のような気分にもなってくる。観客を物語に巻き込む、いい舞台設定であると思う。






  中井貴一は、三谷芝居などのコメディ演技とは打って変わって、軽妙だが牽引力ある座長の風格で、物語全体を引っ張り上げていく。対するは、西岡徳馬。真っ向から無罪判決に対抗するこの役柄は、声高に自分の主張を回りの人々をアジテートしていくという、テンションの高い感情を要求されるが、西岡徳馬のべたつかないクールな資質が、激昂するだけではない、複雑な感情を滲ませ絶品である。筒井道隆のピュアさ、辻萬長の父性的な視点もいいアクセントだ。田中要次の洒脱さ、斎藤洋介の愚直さ、石井愃一の一本木さ、大石継太の世をすねたような態度も面白い。ちょっとした間合いに可笑しさを滲ませる柳憂怜、岡田正の体躯と誠実さ、大門伍朗の怒りの持続、品川徹の枯れ加減、新川將人の精悍さ。誰をとってみても、くっきりとその役柄の性格付けを自分のテイストに染め上げ、よくぞここまで生き生きとした人物に造り上げていったと感心しきりである。個性のぶつかり合いが面白いのだという、まさに見本のようなケースであると思う。


 

 名戯曲を語り継がれるような名作に仕上げた、この作品に関わった方々全員にエールを贈りたいと思う。