劇評184 

感度の良い鋭敏な若い感性が、蜷川幸雄の絶妙な手綱裁きにより見事に開花した衝撃作。

「2012年・蒼白の少年少女たちによる ハムレット」

2012年2月25日(土)晴れ
彩の国さいたま芸術劇場 インサイド・シアター
18時30分開演

作:W・シェイクスピア
翻訳:河合祥一郎
演出:蜷川幸雄
出演:さいたまネクスト・シアター  こまどり姉妹

場 :  彩の国さいたま芸術劇場大ホールのエントランスを入り、上手側通路から舞台奥へと向かう通路を辿っていくと、インサイド・シアターへと辿り着く。さいたまネクスト・シアターは第一回公演以来、この彩の国さいたま芸術劇場大ホールの舞台上に設えられたインサイド・シアターを根城として独特である。ステージの3方をコロセウム状にせり上がった客席が囲むという形態である。

人 :  ほぼ満席です。自由席なのですが、定員オーバーになっていないのは、発券数が管理されているからなのでしょうね。客層は出演者の知り合い関係風の方が目立ちますが、演劇関係者風の方の姿もちらほらお見かけします。総じて、年齢層が高めな感じです。

 客席に3方を囲まれたステージは黒1色の様相だが、床に敷かれていた黒い布が開演5分前に取っ払われると、そこには透明のアクリル板が敷かれており、その下には出番を待ち準備に勤しむ役者たちの姿が現れる。まず、ここで、一発、度肝を抜かれる。

 皆、台詞を唱えたり、衣装を着替えたり、笑顔で話し合ったりと、それぞれが自由に立ち振る舞っている。しばし、その姿に目が釘付けになっていると、開演時間となる。すると、役者たちが一斉に観客に向かって整列し、一礼をするのだ。観る観られるという壁がストンと振り落とされ、演劇が持つ虚構性を冒頭から剥ぎ取った「ハムレット」が、ここから展開されていくことになる。もう、既に、刺激的だ。

 幕が切って落とされた後も、アクリル板の下にあるもう一つのステージが有効に機能する。階段を設え、そこに社会のヒエラルキーを投影させることがままある蜷川演出が、地上と地下の空間を得ることで、その手法を転換し甦えらせていく。

 しかし、この舞台美術はこの劇場であるからこそ成立するプランである。普通のプロセニアム劇場では、観客席から地下を覗き込むことは出来ないため、この手法は成立し難いであろう。この劇場であるからこそ活きるプランであることが、本作に特別なオリジナリティーを与えている。

 この中西紀恵の美術の他、照明の藤田隆広、衣装の紅林美帆・田邉千尋、黙劇を振付ける浅場万矢・佐々木美奈・周本絵梨香、そして当日配布されるパンフレットに至るまで、本作は若手のスタッフが起用されているのだが、その新鮮な感性が迸るセンスが素晴らしい。

 照明は叙情性を湛えながらもシャープさをキープし、アクリル板を挟んだ上下で展開するアクティングエリアをクリアに照らし出す。また、素材にしわ感を与えたり、寒色と暖色の色合わせのセンスが光る衣装は、今流行りのモードの要素が取り入れられ、舞台衣装でありながらリアルクローズの格好良さとその感性を共有する。このクリエイティブのセンスの良さが、2012年に提示される「ハムレット」に、現代的な“クールさ”を付加しているのは特筆すべきことであると思う。

 さいたまネクスト・シアターの若い役者陣も、クールな熱情を放熱させながら、観客の心を掴んでいく。川口覚は知的でありながらも繊細さを合わせ持つ現代青年風のハムレットを創造し、観る者がスッとその役柄に共感を呼ぶような魅力を作り出す。小久保寿は誠実で冷静なホレイシオで、ハムレットが心の拠り所とする理由に説得性を与えている。堀源起は感情の振れ幅強いレアーティーズを生み出し、まるで悪漢のような振る舞いが面白い。深谷美歩は狂気の境界線を超えてからの感情表現が、特に心に染みてくる。ポローニアスや墓掘りを演じる手打隆盛は、老齢の俳優かと見紛う程の化け振りにスキルの片鱗を見せていく。

 そして、本作には、こまどり姉妹が登場するということは、もちろん事前に分かってはいたのだが、1幕の、まさかこんな場面で!というような、クライマックスとも言えるシーンにガツンと割って入ってきたのには愕然とした。それまでさいたまネクスト・シアターの面々が積み上げてきた「ハムレット」の世界が、一気に霞んでしまう程の強烈な異化効果を発揮する。

 舞台奥から現れたこまどり姉妹は、歌いながらしずしずと客席側へと歩いてくるのだが、観客は拍手をしたりして、劇場の雰囲気は、もう歌謡ショーの様相だ。この、こまどり姉妹の圧倒的な存在感と言ったら! 姉妹が歌う「幸せになりたい」は、物語の内容とも上手くリンクしているのが、また、心憎い。クールなパッションで覆われていた世界に、リアルな生活観がドサッと投げ込まれた感じだ。

  姉妹が去った後、その余韻を自分たちの手で覆さなければ、この場を取り戻すことは出来ないとばかりに、役者陣が放つ強烈な気が、また、もの凄いパワーを発揮する。こまどり姉妹は、「ハムレット」にメタシアター的世界観を現出させると共に、現代の若者の中に潜んでいたマグマを放出させる役割も担うことになった。

  感度の良い鋭敏な若い感性が、蜷川幸雄の絶妙な手綱裁きにより見事に開花した、実に面白い「ハムレット」だった。新旧の才能の融合が、前代未聞の衝撃作を世に産み出すことになった、その現場に立ち会えた幸せを、しかと噛み締めることになった。