劇評197 

毒気を放つ松尾スズキの才能と、ベテラン役者陣の技がタップリと堪能できる刺激的な衝撃作。


 「ふくすけ」

2012年8月5日(日) 晴れ
シアターコクーン  14時開演

作・演出:松尾スズキ 
出演:古田新太、阿部サダヲ、多部未華子、皆川猿時、小松和重、
    江本純子、宍戸美和子、村杉蝉之介、平岩紙、少路勇介、
    オクイシュージ、松尾スズキ、大竹しのぶ、他

 

場 :  ロビーでは、様々なグッズが販売されていて賑わい感が創出されています。来場者も期待感で一杯なのか、何だかザワザワとした雰囲気がロビーに充満しています。劇場内に入ると、緞帳は上がり、既に装置が設えられているのが見えています。劇場内も熱気がムンムンです。

人 :   ぎっしりと満席です。立ち見も出ていますね。客層は20歳代から50歳代位と、様々な年齢層の方々が集っています。男女比も半々位でしょうか。昨今、演目によって違いはありますが、総体的に演劇への男性来場比率が高くなってきている気がします。文化的なことに関心を示すビジネスマンが増えるのはいいことだと思います。

 奇妙奇天烈な松尾スズキワールドにドップリと浸かった。幾つもの物語が交錯し、そこで蠢く人々の感情も複雑に入り乱れる。登場する誰もが一筋縄ではいかぬ生き様を晒しており、言っていることは、どこまでが本心なのかは皆目検討が付かない。観客は舞台上で起こっていることを固唾を呑んで見守ることになるのだが、強引にグイグイを引っ張られていく内に、自分では決して足を踏み入れることはなかったであろう境地に辿り着くこととなり、そこで妙なトリップ感が襲ってきたりする。

 「ふくすけ」という奇妙なタイトルであるが、あの頭でっかちの幸福を招くと言われている人形の、まさにそれであった。そういった風体をした、畸形人物を阿部サダヲが演じていく。とある製薬会社が発売した薬の副作用らしく、そういう畸形人物を監禁していた製薬会社の社長は畸形フェチのようで、松尾スズキが演じている。

 これだけでも充分ショッキングな内容なのだが、“物語自体”の畸形度合いはまだまだ終わらない。事の発端は裁判シーンから始まるのだが、原告側の女を演じる大竹しのぶは精神バランスを崩した告訴魔だ。近隣住民にあらぬ難癖を付ける女であり、TVでは決して放送できないようなワードが炸裂する。その夫が、一切ポジティブな手を禁じて寡黙に徹する古田新太である。女はある日突然失踪し、14年が経っているという設定であるが、突然、その14年前に時間がワープして、夫婦がまだ仲睦まじかった頃の様子なども活写される。

 女は上京して、歌舞伎町の風俗産業でのし上がった3姉妹と出会い、輪廻転生プレイなる風俗で一躍時の人となり、都知事選に出馬することになる。多部未華子演じるホテトル嬢の紹介で、皆川猿時演じる風俗ライターから情報を得た夫は妻を探し当てることになる。

 「ふくすけ」が発見され連れて行かれた病院には、聾唖の妻と暮らす男が警備員として働いており、「ふくすけ」を何かに利用できないかと企んでいる。そして、後に、「ふくすけ」をご本尊とした、新興宗教団体を立ち上げることになる。

 一見、何の関連性も無いかの様に見える出来事が、「ふくすけ」を中心に流転し、畸形、風俗、売春、新興宗教、政治、偏愛、テロなど、これでもかというスキャンダラスな要素をギッシリと詰め込んだ物語世界が展開されていくことになる。

 そこには、人間が心の奥底で抱えてはいるが、表には決して出すことのないインモラルな欲望を全開にし、ある種のカタルシスを観る者に与えていく。そして、物語の決着の付け方に、現代日本が抱える問題や矛盾を突き付け、強烈なメッセージ性を直球で投げ突けてくる。どこを切ってもポワゾンな金太郎飴に徹して創り込まれたこの意気は、限りなくクレバーであり、また、最上級の愛に満ちているようでさえある。

 また、社会的には弱者という範疇にカテゴライズされる人々が、堂々と世の中を渡り歩いている姿に、快哉を叫びたくなってしまう様な展開に、ついつい観る者も心奪われていく。既成概念を転覆させていくこのストーリー展開が、何とも心地良いのだ。

 旬で実力も兼ね備えた豪華な俳優陣が、この世界の住人たちの特殊な生態に寄り添い、自らの個性などは遥か彼方に置き去り、この奇妙な人々で在ることに徹する姿勢が、作品に大きな求心力を生み出している。意図して造られたカオスに、皆、身を投じている姿が、潔い。ベテラン俳優陣の卓出したスキルが、時間と感情との隙間を、違和感なく紡ぎ合わせていく。

 毒気を放つ危険度の高い戯曲世界を、そのデンジャラスさを損なうことなく、超一級品に創り上げた松尾スズキの才能に脱帽した。そして、その世界観をリアルに仕立て上げた、居並ぶ曲者役者たちの技をまざまざと見せ付けられもした。実に刺激的な衝撃作である。