劇評215 

どのジャンルにも決して寄ることがない、オリジナリティ溢れるエンタテイメント作品。

 
「おのれナポレオン」

2013年4月14日(日) 晴れ
東京芸術劇場プレイハウス 14時開演

作・演出:三谷幸喜 音楽:高良久美子
出演:野田秀樹、天海祐希、山本耕史、浅利陽介、
今井朋彦、内野聖陽

  

場 :  劇場内に入ると、通常のプロセニアム舞台は取り払われ、 客席にまで張り出したステージが設えられています。そのステージの上下にも客席があるため、舞台は3方向から見られることになります。なかなか緊張感ある設定ですね。

人 :   満席御礼です。立見席もでていますね。客層の年齢幅は幅広いです。まさに老若男女が集っています。開演前から何だか劇場内は沸々と観客に期待感が高まっている感じがします。

 ナポレオンはワーテルローの戦いに敗れセントヘレナ島に流されるが、そのセントヘレナ島に総督としてイギリス政府よりハドソン・ロウが派遣されることになる。しかし島流しとはいっても、ナポレオンには随行員が何名もいて、かつての栄華を誇った日々を壊すことなく保ち続けていたのだという。

 史実に基づくというが、島流しという天涯孤独なイメージとは程遠い事実に、まず、驚いた。また、ナポレオン本人は、イギリスの客人として島に滞在しているのだと言い放つ。そして、イギリス政府はナポレオン監視のために、年間41万5,000ポンドの財政負担を強いられていたという。

物語は流刑生活を送るナポレオンを描いていくが、1821年にナポレオンが死を迎えた事実が物語の中心に据えられ、ナポレオンと共に過ごした側近たちが生きる1840年との時間を行き来しながら、ナポレオンの死の真相へと迫っていく。 

 ナポレオンと周囲の者たちとの意識の差異を描き喜劇的な要素を振り撒きつつも、その差異が確執へと繋がり、それがナポレオンの死と絡まり合っていく悲劇的な結末とが絶妙にブレンドされた悲喜劇として、三谷幸喜の筆致は冴えている。人生とは、そう簡単に悲劇、喜劇と割り切れるものではないのだと、人間というものの多面性を抉り取りながら、人が生き抜くために核とする目に見えない心の本質部分にも肉迫していく。美術、照明、衣装、音楽などのスタッフワークも素晴らしい。

 散逸する人々の意識を、会話や独白、古と今との時空をシャッフルしながら紡ぎ合わせながら、物語を集約させていく展開には舌を巻く。1シチュエーションで一点突破する技を三谷幸喜は自ら傍らに置き、様々なモノやコトをコラージュすることで、タペストリーを完成させるという表現を駆使して新鮮だ。

 物語の中心に立つ、ナポレオンを演じる野田秀樹が嬉々として演じる様が圧巻だ。華と実力を併せ持つ居並ぶ俳優陣を尻目に、緩急自在にナポレオンのあらゆる姿を繰り出していく様は、野田秀樹の演出家としての客観的視点が大いに貢献しているとも見える。クルクルと転換する場面に呼応し、瞬時に声質や動きなどを目まぐるしく変転させていく。もう、誰にも追い付くことの出来ない領域にまで、独走している感がある。

 しかし、演技が暴走していると感じさせない野田秀樹の存在感は、流石だというしかない。戯曲にしたためられたナポレオンの真情を基本に据えているため、どんなにカリカチュアライズしたとしても決してぶれることはない。作品のシチュエーションと同様に、周りの者たちは翻弄されつつも、従っていくしかない稀代の英雄をクッキリと造形した。自作ではない役者としてだけの出演は見事に成功した。

 紅一点の天海祐希が山本耕史演じる夫とナポレオンとの間で揺れ動く女心を、小股の切れ上がった気風のよい女っプリで演じ、舞台に明るい光を差し込んでいく。可愛さと魔性さとを巧みに混在させながら、憎めない魅力的なアルヴィーヌ像を創り出していく。

 内野聖陽は作品に重みと安定感を与えていく。島の総監としてナポレオンと対峙する役どころであるが、演技へのアプローチも対照的に、全くスタンスを異にする二人の差異を可笑し味に変えていく。また、現役の時とは様相がまるで違う、老成した姿での佇まいも観る者には楽しいパフォーマンスだ。ベテランの歌舞伎役者の様な朗々とした台詞回しが、また、“王道の役者”の風格を漂わせていく。

 一見、ナポレオンへの忠誠心を示しているかに見える側近モントロンを山本耕史が演じるが、精悍な表層の裏に隠れた屈折したシコリを表出しながらも、凛とした態度を崩さない二面性を的確に表現し心地良い。

 浅利陽介はナポレオンの付き人のようなマルシャンを演じるが、後半、側近として全ての人々を見てきた者だけが有するシニカルな視点を持って、ナポレオンの死の真相の究明に寄与する役回りを説得力を持って演じていく。ベテラン勢の中に於いて、若さを強みに転じさせる立ち位置で印象に残る存在感を示していく。また、決して悪巧みを決してしない様に見える様相が、真情を複層化させる効果を生み出していく。

 今井朋彦はナポレオンの主治医アントンマルキを演じるが、個性の濃い面々の中に浮かぶフッと心和む存在感で、観る者を惹き付けていく。真面目であるがゆえに操作され翻弄させられる医師は、ナポレオンの死にある種、最も近い存在であり、その重要な役どころを軽妙に演じていく。

 ここで描かれるナポレオンの死の真相は、三谷幸喜の想像力の成せる技であるが、様々な要因が幾重にも重なった故の結果であったというオチが面白く、斬新だ。皆がそこそこの殺意をナポレオンに抱いていたという真相は、「オリエント急行殺人事件」の一刺しよりも軽い。しかし、敢えてその軽さを敢えて狙った三谷幸喜の戦略が感じられる顛末だ。

 ここで描かれているのは、どのジャンルにも決して寄ることがないと決めた作者が生みだした、オリジナリティ溢れるエンタテイメントであると思う。観客は笑い、思索し、そして、ズシリと登場人物たちの熱い思いを共有する。そして、爽快感すら感じられる出来映えには脱帽だ。


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