劇評232 

シェイクスピアの傑作を、娯楽に転じる手腕も見事に開花させた快作。

 
「鉈切り丸」

2013年11月17日(土) 晴れ
シアターオーブ 18時30分開演

脚本:青木豪 演出:いのうえひでのり
音楽:岩代太郎
出演:森田剛、成海璃子、秋山菜津子、
渡辺いっけい、千葉哲也、山内圭哉、木村了、
須賀健太、宮地雅子・麻美れい・若村麻由美、
生瀬勝久、他

場 : シアターオーブで初観劇です。ヒカリエのエレベーターで11階で降りた後、劇場までエスカレーターでもう1階分上ります。ロビーは吹き抜けで開放感がありますね。外に面した壁面は一面ガラス張りなので、渋谷の夜景が見渡せる絶景が拝めます。観光スポットですな、これは。

人 :   満員御礼です。エントランスの端の方で、いのうえひでのり氏が来場する観客たちを眺めています。観客の年齢層は全く偏りがなく様々な人が集っていますね。男女比では、やや女性比率が高い感じでしょうか。劇場内に入ると、舞台前面に設えられた潅木のセットが見えています。

 15世紀に生きた「リチャード三世」をシェイクスピアが描いた戯曲世界が、大胆にも日本の鎌倉時代に翻案された。登場人物たちも実在の人物に摩り替わり跳梁跋扈する本作は、外連味タップリな演出が心地良い“いのうえシェイクスピア”として、平成の世に見事に甦った。

  脚本の青木豪は、リチャード三世を源範頼の当てはめる発想を発端として、全ての役柄のピースをパチパチと当て嵌めていくことに成功した。大胆に、そして緻密に、ディティールを積み重ねていく繊細さに目を剥いてしまう。しかも、所々に笑いも振り撒き込みながら、シェイクスピアも鎌倉幕府も良く知らないという観客すらも捲き込んで、エンタテイメントとして成立させる強固なる基盤を築いていく。

 磐石なる戯曲を基点に、演出・いのうえひでのりは、華と実力を併せ持つ俳優陣の個性と魅力を最大限に開陳させていく。と同時に、集団で斬り合う殺陣の場面や、幽玄な異次元空間をクッキリと現出させながら、図太い物語のアウトラインに引っ張られ過ぎることなく、観客を徹底的に楽しませる工夫を凝らし、飽きさせることがない。

 照明の原田保の仕事が、いのうえひでのりが描く世界を、華やかに押し広げていくと共に、観客席を作品にグイと捲き込む大きなブリッジとなっていく。二村周作の美術は、鎌倉の乱世を美しく彩り、小峰リリーが提示する華麗な衣装は作品に華やかさを付与していく。

 岩代太郎の音楽が、また、いい。篳篥の音色なども混在させながら叙情性豊かなダイナミックなメロディを創造し、音楽で劇場空間に大きなうねりを生み出していく。演劇という概念は取り払われ、一大ページェントを目撃しているかのような陶酔感を観る者に与えてくれるのだ。

 リチャード三世改め、源範頼、通称・鉈切り丸を演じるのは、森田剛。数々の舞台で功績を積んできている自信、アイドルとしての華、そして、人間の心の奥底に眠る、触れると壊れてしまいそうな繊細な人間の機微を、どでかい大劇場の隅々にまで伝播させる資質は驚愕すべきことだと思う。本作でも、悪漢の邪気を観客の心と共鳴させてしまう工程を丁寧に作り上げ、観客を魅了していく。座長としての存在感も十分にある。

  源頼朝を生瀬勝久が演じるが、フットワークも軽く初代征夷大将軍を嬉々として造形していく。生瀬勝久の飄々とした存在感が、作品の中に渦巻く様々な感情を、より豊かに拡散させていく。物語が深刻なベクトルへと振り切るのを抑え、観客に笑いを提供しながら、作品のエンタテイメント性に拍車を掛けていく。

 北条政子は若村麻由美が演じ、生瀬勝久との丁々発止のやり取りが実に爽快だ。女傑の貫禄もタップリと楽しめ、余裕綽々なスタンスが物語にふくよかさを与えていく。麻美れいの存在感は、やはり特別だ。建礼門院を演じるのだが、生霊としてしか登場しないというユニークな在り方にも強烈な説得力を持たせ、観客の腑に落ちる凛とした悲劇の皇后振りだ。秋山菜津子は源範頼の生みの親である遊女イトを演じる。哀しみを帯びながらも、逞しく生き抜く女の性が哀れを誘い、作品に艶やかなアクセントを付与していく。

  渡辺いっけいは梶原景時に武士の気骨を吹き込み、成海璃子が演じる巴御前は森田剛とのセッションに一服の清涼感を吹き込んでいく。源義経は須賀健太が演じ、初々しく新鮮な佇まいが清潔感を漂わせる。比企尼の宮地雅子は、なんと鳥居や置屋の女将にもなる変幻自在さで、作品を脇からガッチリと固めていく。千葉哲也は武蔵坊弁慶を豪快に造形し、義経とのコンビネーションも相性が良い。山内圭哉はラップで物語る大江広元を飄々と表現し、木村了は和田義盛のけなげで実直な資質を拡大し、新鮮な印象を残していく。

 豪放磊落な筆致でリチャード三世のエッセンスを掬い取り、見事、鎌倉の時世に華咲かせた本作は、エンタテイメントとしての魅力も充分に放射するプロの創り手の意気に満ち溢れ、その迫力にしばし酩酊してしまう心地良さだ。シェイクスピアの傑作が見事翻案されたエンタテイメント作品として画期的であり、大胆で緻密な繊細さを娯楽に転じる手腕も見事な快作に仕上がった。


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