劇評254 

SF的なシチュエーションをリアルな地平から捉え秀逸。

 
「太陽2068」

2014年7月12日(土) 曇り
シアターコクーン  19時開演

作:前川知大 演出:蜷川幸雄
出演:綾野剛、成宮寛貴、前田敦子、
中嶋朋子、大石継太、横田栄司、内田健司、
山崎一、六平直政、伊藤蘭、他

   

場 : ロビーは賑々しく活気がありますね。同作に対する来場者の期待感が満ちている感じがします。劇場内に入ると、舞台は漆黒に包まれています。無の状態のまま、開幕をしばし待つことになります。

人 : 即日完売の演目ですよね。当然、満席です。立見席の方もギッシリです。老若男女、様々な人々が集います。旬な俳優陣、演劇ファン、ハイバイの顧客など、興味の焦点は多分違うのだと思いますが。

 ハイバイの前川知大は主宰する劇団の活動の他、佐々木蔵之介や現・市川猿之助などとのコラボレーションも旺盛に行っているが、戯曲のみを提示し演出を委ねるケースは稀なのではないか。しかも、手綱を預けるのは演劇界の巨匠・蜷川幸雄。どのようなバトルと相成るのか、観る前から期待感が高まっていく。

 舞台は21世紀も半ばを越えた日本。物語は、人が陽に焼かれて息絶えるシーンからスタートする。焼かれるのはノクスという新人類。仕掛けるはキュリオという旧人類。バイオテロに見舞われた後、奇跡的に回復したのがノクス。ノクスは若く健康な身体を保てる反面、太陽光の下では活動できないというダメージを抱えている。対するキュリオは、生き残ったこれまでの人間たちという設定だ。

 ノクスは大きな苦悩からは解放されているが、太陽の下で逡巡しながら生きるキュリオが生み出す活力と相反する存在として双方は対峙している状態。細々と生きていたキュリオが、この事件を発端として更に追いやられることになる事の顛末が、畳み掛けるような短いシーンを積み重ねていく映像的な手法で描かれていく。

 昼に生きる世界と夜に生きる世界の人々は、まるで合わせ鏡のようにことごとく相反する。陽の下で生きる、暗闇の中で生きる。老いることがない、歳と共に老いていく。物事を理論で捉える、感情が先行する。老いていく不安も解消されスッと全ての悩みが昇華したノクスに、常に心の中に葛藤を抱えるキュリオの若者たちは、憎悪と憧憬とがないまぜになった感情を抱くようになっていく。

 蜷川幸雄は2つの人種が住む世界を、2層の異なる舞台装置を造形し可視化する。キュリオが住む世界は舞台上部に朽ちた長屋を配し、透明のアクリル版の床を通して見える地下にはノクスの住む世界を現出させるのだ。また、驚くことに、キュリオの世界の長屋は、「唐版滝の白糸」で使用したセットを移築したものらしい。朝倉摂の遺功に、思わず襟を正してしまう。中越司との新旧コラボが、物語の核心とも融和し合っていく。

 蜷川幸雄は、2つの異なる世界を、決して現代の世相と重なり合わせるという安易な手法を取ってはいかない。二律背反する世界を、人間、誰しもが持っている善悪の要素と、世界という生き物が内に孕んでいる幾多の矛盾とを呼応させながら、グッと1つに収焉させていくのだ。対立構造をことさら拡大させることなく、世界は平和に向かって進化していかなければならないのだという成長を促しているかのようなのだ。

 キュリオの若者を、綾野剛、前田敦子、内田健司が、ノクスの若者を、成宮寛貴が演じ、各人それぞれが持つピュアな資質が、作品に新鮮な色合いを付与させる。綾野剛がコミカルな側面を拡大させ存在感を示していく。成宮寛貴はアンドロイドが繊細な感情を持ったかのような硬質さを纏いながら、クッキリと綾野剛との対比を浮き立たせる。前田敦子は穢れのない純粋さが印象的。内田健司が混沌とした若者の心情を特異な存在感で体現する。

 六平直政や中嶋朋子は、追いやられた人間の心の葛藤を繊細に情感を込めて造形していく。横田栄司はキュリオの憤懣のロールを受け持ち、憎憎しげな中にもやるせない切なさを滲ませ印象に残る。

 山崎一と伊藤蘭は、ノクスとなった人種の特質を明晰に演じ抜く。冷静で淡々とした生き様の中に、さざ波のように微細に揺れ動く感情の起伏の表出に苦悩を滲ませ見事。大石継太は出自であるキュリオと今のノクスとの立場の狭間で逡巡する姿を生々しく体現し、物語を観客にグッと近接させていく。

 立場の異なる綾野剛と成宮寛貴とが、今の世の中の色々な場所を見てみようと旅立つエンディングが最高だ。劇場内の通路をグルリと回り、舞台上へと戻ると舞台奥の壁が開陳し、リアルな今の渋谷の街へと飛び出していく様が一気に描かれる。惹起する二人の鼓動が観客とスパークする。“思い”が世界を変えていくのだという発破が心地良い。

 生き方を模索する人間と、人間を覆うリアルな現実とをメタファーとして描いていきながら、そこから独自の世界を浮かび上がらせ、未来に向けての希望を暴発させていく。SF的なシチュエーションをリアルな地平から捉えた秀逸な作品に仕上がった。


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