劇評263 

主従関係や義理人情を最優位に置くローマ人の言動を、現代へとブリッジさせ白眉。

 
「ジュリアス・シーザー」

2014年10月13日(祝・月) 晴れ
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール 13時30分開演

作:W・シェイクスピア 翻訳:松岡和子 演出:蜷川幸雄
出演:阿部寛、藤原竜也、横田栄司、吉田鋼太郎
たかお鷹、青山達三、山本道子、塾一久、原康義、
大石継太、丸山智己、廣田高志、間宮啓行、高瀬哲朗、
星智也、松尾敏伸、岡田正、石母田史朗、中村昌也、
浅野望、二反田雅澄、飯田邦博、新川將人、澤魁士、
安福毅、五味良介、手打隆盛、水谷悟、齋藤慎平、
續木淳平、松崎浩太郎、後田真欧

   

場 : ロビーには贈花がズラリと並び、花の香りでむせ返っています。劇場内に入ると、既に緞帳は上がっており、白い大きな階段が設えられ、その最上段に、「タイタス・アンドロニカス」でも使われた、狼の乳を吸うロムルスとレムスの像が飾られています。

人 : ほぼ満席です。当日券も出ているようです。やや女性観客の方が多いでしょうか。年齢層は50歳代がアベレージな感じです。お若い方の姿は、あまり見受けられませんね。

  開演時間が近付くと、ステージに設えられた大階段には、其処此処からコートを纏った俳優陣が現れ、観客の耳目を集めていく。と、開演時間になると、全員がコートを一気に脱ぎ捨て、その下に着ているトーガ風の装いに変換すると、もう、そこは、ローマの広場になってしまうという蜷川マジックに、冒頭より惹起してしまう。

 「ジュリアス・シーザー」である。登場人物たちは、誰もが知っている歴史上の人物で、シーザーとブルータスの妻以外は、全てが男たち。男と男の舌戦劇である。君臨する者と従う者、継続していこうとする意思や転覆させようという画策、憧れと嫉妬など、様々な想念が綯い交ぜになりながら、ヒエラルキーの中に生きる男たちの葛藤が、生々しく描かれていく。やっぱり、シェイクスピアは、面白い。

 シェイクスピアの台詞は、その大概が相手を説得するため発せられているのだと思うが、本作はその傾向が顕著に現れ面白い。キャシアスがシーザー暗殺をブルータスに焚き付けていくところから、物語は本格始動していく。ブルータスを阿部寛、キャシアスを吉田鋼太郎が演じていく。

 覇権を拡大していく一方のシーザーの独裁体制に楔を打つべきだと、キャシアスは訴える。吉田鋼太郎が掛ける発破は、行く末を憂うる識者のそれでもあるが、一世を風靡するシーザーに対する男の嫉妬を真情に滲ませ、実に人間的に人物造形が成されるため、ついついその策略に同調しそうになってしまう。唸ります。

 シーザーへの信頼も厚い高潔なブルータスは、遂にはシーザー暗殺に加担していくことになるのだが、何もそれはキャシアスの口車に乗ったからだけではない。組織のトップの地位に就きたいという男の野望が、周囲で彼を引き立てる者たちの加勢を受け暴走していくことになるわけだ。ブルータスを演じる阿部寛は、その思念がむくむくと肥大していく様を、ある種の冷静さを湛えながら周囲の動向に左右されている訳ではないという体裁を演じ抜く。決して感情だけに流されたのではないのだという事由の上に行われる暴挙に、説得力を付与していくことになる。

 時の総大将であるシーザーは横田栄司が演じるが、カリスマ性ある威厳と品性をパワー全開で演じきり、クッキリと印象に残る。声が誰よりも通ることが、人物像を一層際立たせることにもなっていく。シーザーの妻・カルパーニア演じる山本道子の妙齢なリアルさが、シーザーがこれまで培ってきた生き様を脇から押し支えていく。藤原竜也演じるアントニーが慕う貫禄、偉丈夫さが備わった大人物として、そこに存在していた。

 敬い慕うシーザー亡き後、アントニーは、敵対する一派に反旗を翻さないと約しながら、市民たちに混乱の状態を説き伏せるという場を与えられることになる。まずは、ブルータスが登壇するが、優等生的な演説は市民にもすんなりと受け入れられる。場面は、アントニーのシーンへと転換する。

 市制の直接的な批判は言葉上では覆い隠しながらも、体制を転覆させた行状を赤裸々に語るアントニーを、藤原竜也は感情に溺れることなく、対峙する市民たちに冷静さを装いながら説き伏せていく。その求心力が物凄いパワーを放ち、圧巻だ。演説1つで、アントニーが市民から絶大な信頼感を獲得するという設定を、藤原竜也が見事に成立させていく。シーザーに対する思慕を覆い隠しながらも、明確に自己の主張を、市民を通して観客に確実にリーチさせ圧巻である。

 他の意見を寄せ付けないある種の男同士の濃密な信頼関係、言い換えればホモソーシャル的なニュアンスとでも言えようか。そんな思念を随所に付与することで、単なる論争劇を超えた生身の人間の愚かさを作品に吹き込んでいく。

 日本の武士をも髣髴とさせる、主従関係や義理人情を最優位に置くローマ人の言動を掬い取り、現代へとブリッジさせ白眉である。歴史上の人物たちから、決して教科書では著わすことのない生身の人間の慟哭を炙り出し、購うことの出来ない事実を突き付けられ愕然とさせられることに安寧させられ心地良い。


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