劇評308 

自らの存在を、理由を問わず全面的に受け入れる桃源郷を、リアルに描いた衝撃作。

 
 
「娼年」

2016年8月27日(土) 曇り
東京芸術劇場プレイハウス
18時30分開演

作:唐十郎
演出:金守珍
監修:蜷川幸雄

原作:石田衣良
脚本・演出:三浦大輔
出演:松坂桃李、高岡早紀 / 佐津川愛美、
村岡希美、安藤聖、樋井明日香、良田麻美、
遠藤留奈、須藤理彩、猪塚健太、
米村亮太朗、古澤裕介 / 江波杏子

場 : 同劇場主催公演でないためか館内でのポスター掲示がないため、会館内をうろつきまさか上演していないわけないよなと思ってしまいました。劇場内に入ると、ステージが前面にせり出ており、上下脇に数列観客席が設えられています。舞台上のセンターには、既に、ダブルベッドが据えられています。

人 : 満員御礼です。同劇場で立見が出ているのは珍しいのでは。三浦大輔作品は男性客比率がいつもは多いですが、本作は、松坂桃李が主演ということなのでしょうか、お客さんは女性客が8割位を占めている感じです。年齢層は、30、40歳代風の方が多いです。

 石田衣良原作の「娼年」と「逝年」をベースに、三浦大輔が脚本を編み演出を担う本作は、原作のアウトラインとエッセンスとを最大限に活かしながら、約3時間の見応えある公演として成立させる。

 松坂桃李演じる主人公の領は、バーテンダーのバイトをしながらルーティンな日々を送っている大学生だ。そんな彼の職場に、ホストクラブで働く同級生が女性客と連れ立ってやって来るところから領の人生の歯車は狂っていく。いや、彼にとっては、ある意味正しい方向に向かってスタートを切った、と言えるのかもしれない。

 高岡早紀演じるその女性客はボーイズクラブを営む経営者で、領にそのクラブで働くための試験を受けてみないかと誘うまでが、スピーディーに描かれていく。女性相手の男娼に、ルーティーンな生活を生きる青年が飛び込み、娼年となっていく。

 三浦大輔は、性という側面から人間の本質を極限まで掘り下げるアプローチが独特であり、本作でも衝撃的な展開を期待する向きもあったのだが、何やらいつもと少々趣きが違うようなのだ。女性を心の底から愛おしむ領の眼差しがこの上なく優しく、何故か、観る者にまでその心情が伝播するのだ。

 領は、クラブを訪れる女性たちの、一種のカウンセラーの様な役割を担っていく。女性たちがクラブでホストを予約するファースト・プライオリティは身体の交わりなのであろうが、一番欲しているのは、ありのままの自分を受け入れてくれるということ。どんな性癖があろうとも、心の葛藤があろうとも、丸ごと包み込むように受容する領が、人気のホストになっていくプロセスが繊細、且つ、大胆に描かれていく。

 同じクラブに所属するホストの東は、領が「普通」だからいいのだとさらりと断じる。こういう世界に入ってくるコは、どこかに歪んだ心情を抱えていたりする場合が多いが、領にはその屈折がないのだと。また、領は幼いころに母を亡くしたという過去を持っており、その経験が女性を年齢で区別することのない感情を生み出しているという側面も描かれる。

 まず、目の前に居る人を認めることの大切さが身に染みてくる。自分に対する対応が、受け売りであるかないかについて、特に女性は、瞬時に分かってしまうものなのだと思う。領は、全身全霊で女性を受け入れる。松坂桃李はそんな領と一体化するかのように、ナチュラルな意識を保ちながらも、身体を張ったアグレッシブさで、クライアントを骨抜きにしていく様を説得力を持って演じていく。男女を問わず、そんな領の言動に癒され、絆されていくようなのだ。男は女性の傍にいて、黙って見守り続けることが、最善の幸福を産むのかもしれないのだと感じ入る。

 クラブのオーナー役を担う高岡早紀の、偽りのない艶めく色香が、作品にグッとリアリティを与えていく。そして、生きとし生ける人間の儚さも体現し、高岡早紀は様々な魅力を放熱する。また、領の母との出自がシンクロする共通点が、作品に重層さを付け加える。女優陣は、その誰もが愛おしく描かれ、それが本作最大の特質であり、魅力となっている。その中でも、江波杏子の存在感は圧巻だ。

 女性の本質に潜むある部分をストレートに、そして、優しく紐解いていくアプローチは、原作者の石田衣良の意思を受け継いだ三浦大輔の女性に対する思慕と尊敬の念が、主人公の領の思念とクロスオーバーし、しっかりと添い寝する。但し、身体と身体とが接触する繊細な音にとことんこだわるなど徹底したリアルさを追求することで、作品を観念的な呪縛から解き放ち見事である。

 自らの存在を、理由を問わず全面的に受け入れる桃源郷を、リアルに描いた衝撃作である。他人に、自分を分かってもらえているのだという絶対的な信頼感の醸成が、この上ない爽快感を感じさせてくれるのだという意外な感情をも掘り起こされ、嬉々としてしまった。


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