劇評344 

独特のクリエイティビティが突出したパワー満載の日韓コラボの秀作。

 
 
「ペール・ギュント」

2017年12月15日(土・祝) 晴れ
世田谷パブリックシアター 18時30分開演

作:ヘンリック・イプセン
上演台本・演出:ヤン・ジョンウン
音楽:国広和毅
演奏:国広和毅、関根真理

出演:浦井健治、趣里、万里紗、莉奈、
梅村綾子、辻田暁、岡崎さつき、
浅野雅博、石橋徹郎、碓井将大、
古河耕史、いわいのふ健、今津雅晴、
チョウ ヨンホ、キム デジン、
イ ファジョン、キム ボムジン、ソ ドンオ、
ユン ダギョン、マルシア

場 : エントランスでチケットをもぎられる時に言われるのですが、1階の男子トイレが女子用になっているとのこと。女性観客が多いための配慮なのですね。劇場内に入ると、舞台には深紅の緞帳が下されています。

人 : ほぼ満席でしょうか。9割は女性客という男女比構成です。浦井健治さんファンの方が多いような気がします。

 19世紀に書かれたヘンリック・イプセンの「ペール・ギュント」は、大好きな戯曲であり、さまざまな演出家の作品を拝見してきた。世界各国を放浪するこのペール・ギュントの物語は、演出家のクリエイティビティが大いに刺激される素材なのかもしれない。

 同作の演出家は、平昌冬季オリンピックの開・閉会式の総合演出なども務めたヤン・ジョンウン。世田谷パブリックシアターの開場20周年記念の日韓文化交流企画として、本作は上演された。2009年、ヤン・ジョンウン演出による本作が初演され数々の演劇賞を受賞しているが、同作は韓国版をなぞるのではなく日韓版として新たな演出が施されたという。

 ヤン・ジョンウン作品は初見だが、舞台美術、衣装、ヘアメイクなど視覚的なものを提示することに非常に長けている演出家なのだと感じ入る。世界を股にかけて活躍する理由が分かる気がする。納得のビジュアル表現だ。言語を超越して観客の感性に訴求する術を熟知した語り口に酔い痴れることになる。

 また、本作は聴覚にも大いなる刺激を与えてくれる。日韓の俳優が、それぞれ自国語で台詞を発していくのだ。日本語と韓国語、どちらにも寄ることなくナチュラルに物語が展開していく様に、全く不自然さを感じることはない。言語が交錯するのが当たり前が、今の世の中。世界をリアルに感じさせるこの手法は、世界を放浪する物語展開にも妙にしっくり馴染むことになる。

 タイトルロールを演じるのは浦井健治。ポジティブで溌剌とした存在感が、物語をグイグイと牽引していく。表裏を感じさせない氏の純粋な資質が、作品に清潔感を与えていく。ヤン・ジョンウンの演出が、人間の暗部を抉る様なアプローチも取っていくのだが、浦井健治の明るさと上手く中和され、リアルとファンタジーが見事に織り成されていく。

 ペール・ギュントを故郷で待ち続けるソールヴェイを趣里が演じていく。もはや二世という看板は、彼女の場合必要ない。たおやかなのだが強靭な許嫁を魅力的に表現していく。個性ある風貌と身体の内側から放つ強烈なパワーに、思わず目が釘付けになってしまう。

 乗峯雅寛の美術は、ヤン・ジョンウンの才能と見事にコラボレーションする。壁を上手く活用したシーンの切り取り方、鏡をアクセントとして使うアイデア、衣装とのバランスが考慮された色彩設計など、ハッとさせられるような驚きに満ちた視覚的展開が独特である。大いに楽しませてもらった。

 音楽は演奏者がライブで伴奏する。国広和毅が創造する音楽は、世界を放浪するペール・ギュントに寄り添う様に、何処の国にも寄らないのだが、何処かの民族音楽として聞こえてくる感覚を享受できる。

 独特のクリエイティビティが突出したパワー満載の日韓コラボの秀作である。ヤン・ジョンウン演出作品は、これからもチェックしていきたいなという思いを強く感じた本作であった。


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