劇評345 

三島由紀夫の美学を、デヴィット・ルヴォーの感性でモダンに描き出したピカレスク・ロマンを堪能。

 
 
「黒蜥蜴」

2018年1月13日(土)晴れ
日生劇場 18時開演

原作:江戸川乱歩
脚本:三島由紀夫
演出:デヴィット・ルヴォー

出演:中谷美紀、井上芳雄、相楽樹、
朝海ひかる、たかお鷹、成河、他

場 : 劇場内に入ると緞帳は上がっており、既に舞台美術が見えています。ガラスの天蓋を擁するアールヌーヴォー様式のイントレがメインで据えられています。舞台上手には螺旋階段が、その奥には生演奏が行われるであろうピットが設えられています。

人 : ほぼ満席です。当日券が販売されていました。圧倒的に女性客が多いですね。休憩時にはトイレ待ちの女性客の長蛇の列が出来ていました。

 デヴィット・ルヴォーの演出作品は見逃せない。しかも、演目は「黒蜥蜴」。同作の上演は美輪明宏の独壇場であったが、果敢にも近代能楽集以来、デヴィット・ルヴォーが三島由紀夫作品に着手するということに、観る前から何ともワクワクさせられる。

 日生劇場の豪奢な劇場へのアプローチは、観劇がハレの場なのだということを感じさせてくれる。劇場内に入ると緞帳は上がっており、舞台美術の設えを確認することが出来る。デコラティブな装飾は廃され、色彩設計もモノトーンが基調となったシンプルな印象を与えてくれるが、造作にアールヌーヴォー様式が取り入れられているところにアーティスティツクなアクセントを感じていく。

 大悪党の黒蜥蜴を担うのは、中谷美紀。見目麗しいルックスは、彼女に近付く者を虜にしてしまうという説得力ある魅惑を放っていく。流麗な三島由紀夫の言霊を血肉として語る台詞廻しも美しい。

 しかし、黒蜥蜴の美しさの裏面にある悪漢も包み隠さず開陳し、裏面が表面に噴出し彼女の企みが全面に押し出されていく。冒頭で起こる誘拐事件をきっかけに物語は展開していくのだが、犯人捜しというドラマツルギ−とは異なり、犯人である黒蜥蜴の視点から事の顛末が描かれていく。

 誘拐される令嬢のボディガードとして名探偵・明智小五郎が付き添っているのだが、その目をかいくぐり犯罪を実行した黒蜥蜴と明智小五郎とのバトルが正面切って描かれ、物語のメインストリームとなっていく。

 明智小五郎は井上芳雄が演じていく。氏の資質の中からクールで知的な側面がフューチャーされ、中谷美紀とガッツリと対峙していく。自信満々でありながらも、黒蜥蜴に翻弄され右往左往する様を色香を放ちながら繊細に表現していく。

 黒蜥蜴と明智小五郎との丁々発止の鞘当てが本作最大の見どころだ。しかし、決して相容れ合うことはないのだが、相反する立場であるが故に、かえって惹かれ合うという通底音を紡ぎ出し、錯綜した感情が重層的に織り成されていく。

 黒蜥蜴の手下である雨宮潤一を担うのは成河。黒蜥蜴に認めてもらいたい一心で付き従っているのだが、満足してもらえる結果を出せずに虐げられている青年を、鬱屈とした感情表現で造形していく。しかし、現在の境遇から脱する機会を得て大きくパワーを発するシチュエーションで、成河が持つ強靭さが際立っていく。

 終盤に登場するエロス、タナトスの微妙な均衡の上に成り立つかのような、生人形や宝石など様々なくレクションが展示される恐怖美術館は、黒蜥蜴が抱くアンビバレンツな思いを具現化しているかのようにも見えてくる。完璧な美の瞬間を封じ込めようとしているのだが、その完璧さを目指す隙間から零れ落ちる綻びが悪臭を放つような光景にも絆されていく。本作に取り組むということは、“美”をとことん探求するための果敢な挑戦なのかもしれないのだという思いを強くする。

 三島由紀夫の美学を、デヴィット・ルヴォーの感性でモダンに描き出したピカレスク・ロマンを堪能することが出来た。三島由紀夫戯曲の表現の可能性を感じさせる1作でもあったと思う。


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