劇評346 

伝説の名戯曲が、当代随一のキャストとスタッフによって、見事に再生された。

 
 
「近松心中物語」

2018年1月20日(土)晴れ
新国立劇場 中劇場 18時30分開演

作:秋元松代
演出:いのうえひでのり

出演:堤真一、宮沢りえ、池田成志、
小池栄子、市川猿弥、立石涼子、
小野武彦、銀粉蝶、他

場 : 開場前には、入場するための長蛇の列が出来ていました。新国立劇場はとって広いアトリアムなため、寒くなくウェイティング出来ますね。ロビーで販売しているパンフですが、1000円ジャストなのが有難い。販売員さんも、捌きやすそうです。劇場内に入ると舞台は漆黒で美術の様子とかは伺えないですね。

人 : ほぼ満席です。結構、様々な年齢層の方々が来場していますね。男女比はやや女性が多い感じでしょうか。

 言わずと知れた1979年に蜷川幸雄が演出した、傑作の誉れ高い「近松心中物語」。初演時、帝国劇場でその舞台を拝見しているのだが、それまでの演劇という概念を大きく超えた強烈な衝撃を受けたことが思い起される。

 元禄の大阪新町に生きる100人近い群衆、長屋の屋根で咲き誇る彼岸花、森進一の歌唱、辻村ジュサブローの艶やかな衣装、そして、満々と水を湛えた蜆川を再現した美術など、スペクタクルと圧倒的な美学が舞台を完全に支配し観客を劇世界へと誘ってくれたのだ。蜷川幸雄亡き後、演出を託されたいのうえひでのりがどのような手腕を発揮するのかが大いに期待される。

 いのうえひでのりは、秋元松代の戯曲と真正面から向き合っていく。スペクタクル性を追求するというよりも、戯曲の中で生きる元禄の人間たちの思いを掬い取ることに執心しているような気がする。

 しかし、蜷川演出が構築した作品のイメージを大きく逸脱することもない。敢えて、こう変えるのだという山っ気は微塵もなく、戯曲の解釈の仕方を自分なりにどのような変換を施していくのかという作業に真摯に取り組んでいく。

 2017年に予定されていた同作の公演と同じキャストかどうかは、もはや知る由はないのだが、華も実もある俳優陣が居並んだ。堤真一と宮沢りえ、池田成志と小池栄子の対照的な2組のカップルが物語の中心となるが、市川猿弥、立石涼子、小野武彦、銀粉蝶など、実力派俳優がしっかりと脇を固めていく。

 2016年公演の「元禄港歌」を観た時にも感じたことなのだが、秋元松代戯曲の場面の端折り方は大いに大胆だ。一瞬で恋に堕ち、一気に運命の渦に巻き込まれ、これまでの人生とは全く異なる選択をしていくことになるのだ。俳優が演じるにあたって、役に注ぎ込むパワーは半端ないなと感じ入る。

 人生のクライマックスだけを繋げたかのような戯曲の中に生きる人間たちに、名優たちは見事に命を吹き込んでいく。展開の早さに引っ張られることなく、何故、心中という顛末に陥っていくのかということがしっかりと腹落ちする。

 恋と金銭の呪縛に絡めとられ堕ちていく男女たちは、大阪新町で生きる人々の中の1つのピースだということを、群衆たちが教えてくれる。その群衆であるが、個々の生き様は感じつつも感情が突出し過ぎず、整理、抑制されていると感じるのは、いのうえ演出の成せる技であろうか。群衆も、作品の1ピースとなって作品に刻印される。

 艶やかで哀しく、しかも可笑し味さえ含んだ本作は、人間の生き様そのものだとも言えると思う。伝説の名戯曲が、当代随一のキャストとスタッフによって、見事に再生されたと思う。


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