劇評356 

大人の鑑賞に堪え得る上質な会話劇を、
魅力的な俳優陣とスタッフが丁寧に磨き上げた逸品。

 
 
「大人のけんかが終わるまで」

2018年7月28日(土) 雨
シアタークリエ 18時開演

作:ヤスミナ・レザ
翻訳:岩切正一郎
上演台本:岩松了
演出:上村聡史

出演:鈴木京香、北村有起哉、
板谷由夏、藤井隆、麻美れい

場 : 台風が上陸する予報が出ていますが、上演は予定通りに敢行されます。劇場内に入ると舞台の緞帳は上がっており、一台の本物の車がステージ上に置かれているのが見えています。

人 : ほぼ満席です。若干空席があるのは、台風の余波もあるのでしょうか。40〜50歳代の大人の観客が多いですね。男女比率も半々くらいになりますね。

 同作のタイトルを見て、映画「おとなのけんか」(監督:ポランスキー)=演劇(邦題)「大人は、かく戦えり」の再演かと思いきや、ヤスミナ・レザが2015年に発表した新作であった。ヤスミナ・レザ作品において上演台本が岩松了、新進気鋭の上村聡史が演出、そして、この豪華な俳優陣。この布陣を見て、是非、観てみたいと思いチケットを奪取した。

 原題名は「Bella Figura」というんですね。“表向きに良い顔をすること”というイタリア語の表現らしい。言い得て妙なタイトルですね。物語は、“表向きに良い顔をしよう”としながらも、“表向きに良い顔ができず”に本音をぶちまけていく大人たちの話である。

 鈴木京香と北村有起哉は不倫カップルで、レストランでディナーをとやってきたその店に駐車場でひと悶着。男の妻が薦めていた店らしく、そんなレストランに連れてくるなんてデリカシーがない、ということのようなのだ。冒頭から、男と女のすれ違いが、歯に衣着せぬ言葉の応酬で展開され、この期待通りの展開に思わず嬉々としてしまう。

 男のビジネスは上手くいっていないらしく、ひっきりなしに携帯電話でもめ事の会話を交わしている。どうやら破産しかねない位かなりピンチな状況のようなのだ。そんなことは何処吹く風とする女との意識の相違が面白い。鈴木京香と北村有起哉がもはや惚れた腫れたを超えた、男と女の明け透けな感情をストレートにぶつけ合う光景に、観る者は、何故か、スッとしてしまうのだ。自分に代わりに他人がバトルしてくれることで、ストレスか解消されていくようなのだ。

 こんな状態を脱すべく帰路につこうとした時、駐車場に居た老女に車が接触してしまう。痴呆症気味の老女を麻美れい、その息子と妻を藤井隆と板谷由香が担っていく。その妻が、北村有起哉演じる男の妻とどうやら親しいということが分かってくる。北村有起哉と板谷由香は知り合いであるという気まずい状況。このピンチな状況が、益々、面白い展開になっていくので、ついつい舞台に引き込まれてしまう。

 鈴木京香、北村有起哉、板谷由夏、藤井隆、麻美れいの5人ですよ、俳優陣は。盛り上がらない訳がない、面白くない訳がない、という布陣ですよね。演出の上村聡史は、この居並ぶ猛者たちの魅力を十二分に引き出し、役者で魅せるという演劇本来の楽しみをたっぷりと堪能させてくれる。

 翻訳ものにありがちなぎこちない台詞は、本作には一切ない。岩松了の上演台本が、実にナチュラルに会話を紡いでいるので、役名は日本名ではないのだが、現代日本で生活をする者の延長線上にあるかのような親和性を生み出す効果を発している。

 大掛かりな仕掛けがある訳ではないのだが、車が舞台上に登場しリアルな空気感を醸し出したり、会話劇を全方位的に見せるために盆ステージになっていたりと、可視的にも細かな工夫が凝らされている。会話だけに集中しなければならない呪縛から解き放つ演出が、作品をより楽しく見応えのあるフェースにまで引き上げていく。耳でも目でも、演劇の醍醐味が堪能出来るのが何とも楽しい限りである。

 大人の鑑賞に堪え得るウェットに富んだ上質な会話劇を、魅力的な俳優陣とスタッフが丁寧に磨き上げ、見応えある逸品に仕上がった。小さな劇場でも、こういう良質な作品がロングランするような環境が整うと、文化はもっと豊かになっていくのであろうという思いを強く抱くことにもなった。


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