劇評371 

大人の鑑賞に堪え得る上質な会話劇を堪能。

 
 
「LIFE LIFE LIFE
 〜人生の3つのヴァージョン〜」

2019年4月6日(土) 晴れ
シアターコクーン 18時開演

作:ヤスミナ・レザ
上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:大竹しのぶ、稲垣吾郎 、
ともさかりえ、段田安則

場 : シアターコクーン通常客席の前半分にアクティング・エリアが設えられています。なので、通常の舞台上にも客席が造られており、ステージを四方から観客が囲むという設定になっています。

人 : 初日です。来場者の皆さんは少し気分が高揚している感じの方が多いですね。妙齢の女性のグループ客の方が目立ちます。

 2000年初演のヤスミナ・レザ本作品は1シチュエーションで3ヴァージョンの物語が展開するという面白い構成である。出演者は4人。大竹しのぶ、稲垣吾郎 、ともさかりえ、段田安則という演劇の猛者たち。期待感は観る前より高まっていく。初日ということもあってか、劇場内の雰囲気も高揚しているのが分かる。

 シアターコクーンを改造したステージは、アクティングエリアの四方が観客席に囲まれているという造りになっている。演じる方はかなり緊張感を強いられる設定なのではないかと思うが、ベテランにとってはそれも演じる上でのハードルの一つに過ぎないのかもしれない。

 時は夜半。天体物理学者のアンリとその妻ソニアの家が物語の舞台となる。アンリは研究発表の論文を、自らの仕事の準備をしているソニアに見て貰おうとしている。アンリを稲垣吾郎、ソニアをともさかりえが演じている。階下にある子ども部屋からは、未だに眠らない子どもの声がしている。そんな時、呼び鈴が鳴り響く。

 アンリの上司であるユベールとその妻イネスが夕食会に訪ねてきたのだ。なかなか成果を上げられないでいるアンリにとっては、この場で夫妻をもてなすことはは大事なプレゼンテーションの場にもなるのだ。ユベールを段田安則、イネスを大竹しのぶが演じている。さて、幕は切って降ろされた。

 アンリが現在作作成中の論文をユベールに認めてもらい発表したいというのが物語の端緒であるが、会話が進んでいく内に、様々な事項に話が飛び火し、慌てふためき、繕いながらも、本音を吐露し始めるようになっていく。話はそれぞれの夫婦間のことにまで及び、暴走を止める者がいないこの状況においては、もはや抑えきれない感情の歯止めがきかなくなってくる。

 当事者としてはたまったものではないが、それを観客として観るのは何とも可笑しいのだ。他人が右往左往する様をこっそり覗いている感覚を、観客が楽しんでくれることをヤスミナ・レザは承知で筆致していく。

 上司夫妻が来訪し、幾つもの悶着があって帰宅するまでというのが基本ラインだが、当然、3つの話は、全く違う展開を示していく。3つのヴァージョンがそれぞれ合わせ鏡のようにもなっていて、結果、人間が内包する多面性の可能性を暴き出していく展開も見事である。

 アンサンブルの芝居だと心得ているため、4人のベテラン俳優は自分だけが目立つことなく、上手い押し引きをするその丁々発止の掛け合いが絶妙だ。四方が観客に晒されるステージにおいて、俳優が其処にいる在り方を含め、相手に対するはっきりとした物言い、逡巡する秘めた思いなど、硬軟取り混ぜたテキストをバランスのよい手綱捌きをしたケラの演出も、繊細さと大胆さを備え緩急自在で見事だと思う。

 大人の鑑賞に堪え得る上質な会話劇を堪能することができた。こういう演目を、ふらりと観に行けるような劇場環境インフラがあると日本の夜はますます楽しくなるなという思いを抱いた。


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