劇評44 

歌舞伎の世界に新たな「美」が創造された。

「NINAGAWA 十二夜」



2005年7月9日(土)曇り時々雨   歌舞伎座   午後4時30分開演
演出:蜷川幸雄  出演:尾上菊之助、尾上菊五郎、中村時蔵、市川亀次郎、尾上松緑
場 : 天下の歌舞伎座、である。1階に出店がでていて「鹿の子」で抹茶ぜんざいを食す。舞台は定式幕が引かれていて、舞台の様子は分からない。
人 : ほぼ満席。年配の方々が多い。何だか近所のスーパーにでも行った感じ。歌舞伎座の案内の人が立って話し込んでいるおばあさんたちに、「もう始まるからおしゃべりしてないで早く席について!」と急かしている。この対応、普通の劇場では、ありえねー、ことだ。

 開演。拍子木に合わせて定式幕が引かれると、舞台全面にミラーシートが下りており、歌舞伎座の会場がそのまま映し出される。人や赤いぼんぼりも鮮やかに見える。これで、観客はドッと沸く。発想は「タンゴ 冬の終わりに」からか。その後、ミラー奥が透けて見え、花びら舞う巨大な桜の木が見えて来て、その木の下ではチェンバロを弾く男とその音に合わせて唄う少年が佇んでいる。「NINAGAWAマクベス」を思い出す。そこに中村信二郎演じる左大臣が従者を従え花道より登場。ハーフミラーの効果を活かし、花道からの登場が舞台前面に映し出されるので、普段は花道が見えない2階席3階席奥の観客にもハッキリと花道が見える。これにもビックリ。蜷川演出の歌舞伎座初登場は、この幕開きでグッと観客の心を掴んでしまった。




 そっくりな双子の兄と妹。そしてその妹が小姓に扮し回りの人々を惑わすなど、写し絵のような今作のストーリー展開と相まって、ミラーを美術のポイントとしたことは話の展開を大いに効果的に盛り上げる。




 続く、紀州灘沖合いの場。舞台上では照明が青いうろこのような模様を床に映し出し海の表現をしている。その奥の壁が左右に割れると、船に乗った菊之助の登場だ!今公演の発案者の何とも格好良い登場の仕方に再び観客は沸き返る。




 菊之助が奮闘している。3役を演じ分けるのだが、早替わりも含め役の切り替えにエッジが効いていて清々しい主役振りだ。また、菊五郎を含む脇を囲むベテラン勢も、それぞれの役者の個性が引き出されていて、喜劇を演じても絶妙である。中でも菊五郎のコミカルな振る舞いが最高である。世を斜めから見た奉公人捨助と、堅物だが織笛姫に好かれるために我をも忘れる用人丸尾坊太夫という全く違う役を嬉々として演じ、作品に厚みを加えている。




 時蔵の女形は安定した実力で観客を沸かせ、松緑のハチャメチャ振りもまた喜劇として楽しく、亀次郎の女形は全体を牽引するパワーにて面白く三枚目的に女形を演じている。




 室内の襖もミラーで作られ、アールデコ風な模様が施されて、「恐怖時代」を彷彿とさせられるしつらいである。織笛姫の庭には白い百合が咲き乱れ、背景はやはりミラーであり、手前の百合と団子橋が二重に映し出せれ、天上のような美しさだ。蜷川演出は、今までの歌舞伎の美学にはない「美」を創造すると同時に、役者の演技に対しては型ではない情感に重きを置いたアプローチにて、個々の個性を噴出させその合体が更なる力になるのだということを証明した。




 大団円となり一同が会する場面は豪華である。創造されるものは美しくなければならないと思うのだが、ここに新しい歌舞伎の「美」が誕生した瞬間を目撃してしまうことになる。





 帰り際、年配の女性が「今日のお芝居は言葉が分かり易くて良かったわ。」と話していた。偏見だが、年配の方は、あの、歌舞伎の言葉を分かっているものだと思っていた!「だから、いつもとは違うお芝居だったけど私には面白かったわ。」とも。五感で理解出来楽しめる分かり易い新作歌舞伎を、これからもドンドン産み出していって欲しい。



 菊之助さん、お疲れ様でした。大変面白かったです!