劇評69 

ライブ感を重視したパワーが圧巻! THE WHOの真髄が堪能出来る。

「TOMMY」






2007年3月17日(土)晴れ 日生劇場 午後5時30分開演

作:ピート・タウンゼント、デス・マカナフ
音楽:THE WHO
演出:いのうえひでのり
出演:中川晃教、高岡早紀、パク・トンハ、右近健一、
村木よし子、斉藤レイ、山崎ちか、ソムン・タク、ROLLY
場 : 会場に入ると、舞台奥の紗幕に、TOMMYの大きな文字が電飾で明滅している。開演前の携帯電話を切ってねのアナウンスは、その紗幕にアニメが映し出され、可愛いらしくインフォメーションする。
人 : ほぼ満席。全体的に年齢は若め。20代が多いかな。あと、昔からのTHE WHOファンであろう年配の方々の姿も見受けられる。男性比率が高めなのは、芝居の公演と違うところか。

 昨年観た、ブロードウェイ公演より、刺激的で面白い。テキスト・楽曲はそのままに、いのうえひでのり演出は、新たな日本版を作り上げた。ブロードウェイ版の、万人に受け入れられる、と言うか、誰からもクレームの来ないような作り方が、あまりにもさっぱりし過ぎていて、この作品の本質からずれたように感じていたのだが、今作にそのずれは無かった。だって、戦争、不倫、殺人、ゲイ、いじめ、幼時虐待、ドラッグ、宗教、そして、三重苦という、これでもかのデンジャラスなテーマがてんこ盛りな作品なのだ。さらりとこなしていい訳がないと思う。かなり、社会状況を先取りしていた作品であったことに、今回改めて気付き、THE WHOの偉大さを再認識した。




 但し、映画版のインパクトには程遠い。鬼才ケン・ラッセルの描いた独自の美学とオリジナリティは稀有なものである。今作は、その映画版にオマージュを捧げているのだといくことは良く分かるのだが、演出家がイメージの根幹の部分で映画版に引きずられているような気がしてならない。従って、強烈な映像世界と舞台をどうしても比較してしまうことになり、そうすると少々薄味な印象は免れない気がする。ブロードウェイ版が、映画とは全く立脚点を異にすることで、万人向けではあるが、1つの世界観を造形していたのに対し、意識下に映画のイメージを刷り込まれた今作の表現は、映画と舞台のイメージをミックスしたという中庸感を感じてしまうことは、否めない。




 しかし、CGを駆使した演出は新鮮だし、映像の中から現実が飛び出てくるという発想はこの舞台のオリジナルなものである。クレーンを使っての飛行や飛翔のイメージも舞台ならではのものであり、ライブのダイナミックさは十二分に表現されていたと思う。




 言わずもがなだが、中川晃教の歌唱と存在感は圧倒的だ。主観だが、これまた、どこかロジャー・ダルトリーを彷彿とさせてしまうと感じてしまったのは、私だけであろうか。このグイグイと話の展開を引っ張っていく強烈なパワーは、圧巻である。ROLLYのいとこのケビンも迫力だ。そのシーンだけ彼のソロコンサート会場になってしまったように観客を注視させるオーラを放出しまくっている。右近健一のアーニー叔父さんも迫力だ。ブロードウェイ版から削除されていたこの役柄のダークな部分を、映画版と同じようにブラックユーモアを交えて表現してみせる。ソムン・タクのアシッドクィーンの力強い迫力も作品の中の大きなアクセントになっている。高岡早紀は、TOMMYを鏡に叩きつけるシーンでの感情の爆発が印象に残る。パク・トンハは、自由型が多い出演者の中において、正統派ミュージカル的表現が逆に異質に映った。




 アンサンブルの方々の出自は知らぬが、ミュージカル的な独特な立ち振る舞いや笑顔などが気になり、このロックな舞台と少しテイストが違うようなニュアンスを感じた。アメリカンな感じの衣装も、ロックを感じさせない要因のひとつになっていたのかもしれない。




 休憩挟んで2時間。THE WHOの真髄が、たっぷりと堪能出来た! 最後は、コンサートのような演出へと移行していき、ライブであることを重視した表現で、観客の心を掴む術は素晴らしいと思う。イメージでは映画の呪縛はあったのかもしれないが、表現レベルでは、もちろん十分オリジナリティ溢れるパフォーマンスを見せてくれた。最後は観客総立ち! ロックが観客を興奮させたのであろうが、そう仕向けた演出と出演者のパワーと戦略にも脱帽である。しかし、何よりも、単純に楽しかったと思える舞台は、そうそうあるものでは、ない。稀有な作品であると思う。