劇評14 

独自の美学にまで昇華したスピード感溢れる傑作舞台。

「新・近松心中物語」


2004年3月6日(土)晴れ
日生劇場 17時開演
演出:蜷川幸雄
出演:阿部寛、寺島しのぶ、田辺誠一、須藤理沙


場 : ステージを囲むように建てられた二階建ての家々。
初演以来の美術ではあるが、屋根に咲く彼岸花など装飾はそぎ落とされ、
よりシンプルな印象となった。
人 : 老若男女が集う。私は2階席で観たのだが、2階席は約4分の一の入り。
観客が入って芝居が始めて完成するのだということを考えると、とても
惜しい気がした。

 恋・友情・親子愛を鋭い切り口で斬ってみせる、やはり傑作の舞台であった。いまさらながら、全く無駄のない脚本の出来には驚愕した。何十組かの男女の睦みごとの間を花魁がしずしずと通るオープニングからも明らかなように、より男女の心の機微に焦点を当てた新演出は、一種、形式化していたこれまでの方法論を崩し、熱情がナチュラルに観客席に届く等身大の若者を描ききった。よりリアルな感情表現に立ち返った。「ロミオとジュリエット」にも似た若者の疾走する早急な思いが、よりスピード感を持って劇場を駆け巡る。


 寺島しのぶの梅川は、その熱情さにおいては抜きん出ている。忠平衛に向かって駆け込んでくるシーンなどは、舞台裏から走り込んで来るときの足音が観客の耳にもはっきりと聞こえるなど、全身全霊で梅川を生きる演技を超えた存在に圧倒させられる。田辺誠一の与平衛が以外にもひょうきんで軽い味わいを出していたのにも驚いた。三枚目への幅を確実に本作で広げている。阿部寛の忠平衛は迷いのない直球演技でストレートに観客の胸に飛び込んでくる。須藤理沙の愛らしいお亀も、与平衛のことが本当に好きで好きでしょうがないという気持ちが、歴代お亀の中で一番伝わってきた。


  登場人物の気持ちを立たせることにプライオリティを置く演出は、よりソリッドに人物を造形し、ますますシンプルで迷いがない。音楽や花や雪も背景として存在し、それぞれのパートのぶつかり合いのような演出でないため、より、役者が引き立つという訳である。
例えば、明治座公演の道行のシーンでの物凄い大量の雪でやんやと客席が湧いたのとは反対に、本演出は、ほんと流れ流れた果てに辿り着いた感がひしひしと伝わり、切なさと寂しい気持ちとがあぶり出されてくる。


 遊女がたおやかに座り客を待つシーン、死んだお亀がたびたび現れるシーン、与平衛が最後の言葉を吐き幻影の群集に紛れていくシーンなど、ただ美しいというだけでなく、その時の空気感までもが舞台上に立ち上がり、各シーン共リアルではあるのだが、例えばフェリーニの美学にも似た幻想的な独特の美学にまで昇華されている。


 唯一観客の入りの悪さが惜しまれるが、紛れもなくシャープに美しく蘇った本作は、日本が誇る傑作舞台であることに相違はない。