劇評26 

敢えて、ジェットコースター・ミュージカルと名付けたい。

「ミス・サイゴン」





2004年9月23日(金)晴れ
帝国劇場 12時30分開演

作:アラン・ブーブリエ
音楽:クロード=ミッシェル・シェーンベルグ
出演:市村正親、松たか子、石井一孝、
今井清隆、ANZA、tekkan、平澤由美

場 : 帝国劇場4ヶ月のロングラン。売店の並び具合が少ないかも。
資生堂パーラの「一口カレーパン」を買うが、衣が粉っぽい。
また、パンフを購入するが、岡幸二郎と坂元健児出演の舞台写真が
掲載されていない。何故か?
人 : まさに老若男女が集う。休日ということもあってか、お父さん層
も比較的目立っていた。カード会社貸切公演であるが、客の反応が
意外に良い(特にカーテンコール)。

 まずスピーディーなストーリー展開に圧倒される。色々なシーンを候補として挙げ尽くし、その中から話が展開していくために重要なポイントとなるシークェンスを抜き出し、そのシーンを過去と現在の時空間を行き来しながら構成したのだな、と思わせるような、無駄のないというか、強引に観客をグイグイ引き込む手腕というか、とにかく飽きさせない工夫に満ち満ちている。



 今回思ったのだが、ミュージカルというのは、観客の飽きさせない率をグッと上げる手法であるのだということが、実感出来た。この話、ストレート・プレイで演じられたとしたら、この上なく悲惨な印象になったに違いない。観客も興味と集中力を持続させるのに苦労しただろう(ベトナム戦争版「蝶々夫人」といった趣)。歌があるから救われ、その詩に酔い、華やかな演出を施すことに違和感がなくなる、といった具合に、至極ポジティブな表現方法へと向かっていく。観客もまた、その緩急自在なうねりがあるから、気持ちを重ねるきっかけが作り易くなるのだ。



 市村正親はやはり圧巻であった。作品の狂言回し的な役であるが、全体を底辺で支えるパワーが他の役者にも伝染しているかのようだ。松たか子のストレートな感情表現の強さにも圧倒された。歌に感情が完全に沁み込んでいるというかなり高度なレベルの表現で観客を唸らせる。「うまく歌い上げているなあ」とか客観的になれない程、キムという女性を生きていた。石井一孝は、実直がゆえ悩み心惑う青年を誠実に演じてみせた。このクリスという役は、特に演じる役者によって特徴が出し易いのではないか。今回はトリプル・キャストであるが、結構、それぞれの役者が様々な解釈をしていそうな気がする。今井清隆もまたストレートな演技にて役柄にアプローチしていた。前半、娼館でクリスをそそのかすシーンなどは、真面目な人が何か無理しているかのような、ちょっとした違和感はあった。


 今作は舞台装置の物凄さも売りのひとつである。前半は部屋のシーンが多いが、上下後方からスライドして出てくるパーツが組み上がると部屋になるという展開もスピーディーに処理され、舞台転換のもたもたさ加減は一切ない。これも、観客の興味を中断しない工夫の賜物であろう。装置の出入りする光景もまた、楽しく見せるのだ。後半のヘリコプター登場は、入場料を決して高いと思わせないという観客の満足感と驚きを与えたいというプロデューサーたちの渾身の表現の結果である!


 全てがスピーディーで決して飽きることはないが、片や、テーマパークのアトラクションにも通じる即効性の連続といった感じにも似て、憂いや感情の揺れ幅といった次元でのモノが少しだけ、擦り抜けてしまった感が拭えない。ともあれ、観客は満足するであろうし、ジェットコースター・ミュージカル、ここに健在、いって締めたいと思う。が、最後にキムの判断だけは、解せないかな。「母の強さ」の解釈次第であるとは思うが。