劇評307 

蜷川幸雄へのオマージュとも思われる表現が煌びやかに散りばめられた熱量の籠った逸品。

 
 
「ビニールの城」

2016年8月20日(土) 小雨
シアターコクーン 19時開演

作:唐十郎
演出:金守珍
監修:蜷川幸雄

出演:森田剛、宮沢りえ、荒川良々、
江口のりこ、大石継太、鳥山昌克、
柳憂怜、広島光、塚本幸男、澤魁士、
松田慎也、申大樹、八代定治、
染野弘考、小林由尚、三浦伸子、
渡会久美子、プリティ太田、赤星満、
野澤健、石井愃一、金守珍、六平直政

場 : 入場を待つ多くの当日立見券の方々が劇場前で待機をされています。劇場内の壁の其処此処に、蜷川幸雄演出作のスチール写真が数多く貼られています。劇場内に入ると、ステージ上下に広がるタッパのある架台には、ギッシリと腹話術人形が並べられています。パンフレットを購入したら、ビニールでパッキングされていました。

人 : 満員御礼。2階席まで立見の方が出ています。お客さんは女性客が9割位の比率でしょうか。年齢層は、40、50代風のやや年配の方が多い感じです。

 本作では、キャスティングをし、勿論、演出もされる予定であった蜷川幸雄の名前が監修という名目で冠されている。蜷川幸雄の名前がクレジットされる演劇の新作は、もう観られないかもしれない。胸に幾重もの思いが去来していく。

 宮沢りえは、唐十郎作、蜷川幸雄演出の「下谷万年町物語」で蜷川とタグを組んで以来、唐十郎、清水邦夫、秋元松代の戯曲の他、村上春樹原作の作品で、蜷川幸雄の薫陶を受けてきた。振り返ると、日本人作家が関わる作品のみに声が掛かっているのですね。

 「血は立ったまま眠っている」「祈りと怪物〜ヴィルヴィルの三姉妹」に続いて蜷川幸雄にキャスティングされた森田剛も、寺山修司、ケラリーノ・サンドロヴィッチという、やはり日本人作家作品で蜷川に呼ばれているという、宮沢りえとの共通点があったことに気付くことになる。

 宮沢りえと森田剛は、日本人の根っこにある土着性、繊細な奥ゆかしさ、そして、小股の切れ上がった女っぷりに、風来坊の無邪気な一徹さなどを凛として表現し、唐十郎の言霊の中から、観客の身体の奥底に眠る日本人のDNAを掴み出すことが出来る逸材だ。

 唐十郎がかつて第七病棟に書き下ろした傑作は、満を持して蜷川幸雄の手により上演される予定であったが、結果、その遺志を金守珍が受け継ぎ、演出を担うこととなった。蜷川スタジオ、状況劇場を経て、新宿梁山泊を設立した、アングラ演劇を熟知し継承し得る人財だ。

 唐十郎という日本演劇界に於けるレジェンドの様な存在の作品を、旬のスターを起用してシアターコクーンで上演するというのは、やはり蜷川幸雄でなければ実現出来なかった企画であろう。今後、唐十郎、清水邦夫、寺山修司など日本の才能が伝承されていくことが出来るのか? 細やかな危惧を抱いてしまう自分がいた。

 かつて、緑魔子と石橋蓮司で観た傑作は、宮沢りえと森田剛によって、見事に蘇った。そこに金守珍の見事な手綱捌きがあったことも、作品に生命を宿す大きな要因となったに相違ない。演出家の迷いが一切感じられないため、安心して舞台に身を委ねることが出来、幸福感に包まれる。

 叶わぬ恋のトライアングルというシンプルな設定に、時代の片隅へと追いやられていた30年前の浅草の焦燥感とがクロスし、独特の世界観が提示される。希求しても掴めないもの。その渇望感が希望へと繋がっていくマジカルな飛翔の瞬間。現代では失われてしまったかに思える希望というカタチのない想いに触れようと足掻くことが、何故かとても新鮮に感じてしまうのは、時代が大きく変わってしまったという証左に他ならない。この30年で、日本人の意識の何かが変わってしまったようなのだ。

 数多の腹話術人形がギッシリと並べられ得た架台が立ち並ぶオープニングから、瓢箪池のある電気ブランを提供するバー、屋台が立ち並ぶ街並み、最後に瓢箪池の底からビニールの城が現れる圧巻のオーラスまで、どのシーンも賑々しさが充満している。しかし、何故か静謐さも湛えているというアンビバレンツさが、戯曲が孕む此処ではない何処かの世界が透けて見えてくるようで奥深い。

 荒川良々が宮沢りえの夫役を担うが、名前に惹かれて結婚したのだという心は此処にない妻の想いを知りつつも離れるつもりのないいじらしさが心憎く胸に突き刺さる。江口のりこの酸いも甘いも噛分けるような気風の良い女っぷりも印象的だ。石井愃一、金守珍、六平直政の御仁がしっかりと脇を固め、アングラの臭いを振り撒き、現代へと継承してくれる。

 俳優陣が持つ資質を最大限に引き出し、唐戯曲にスパークさせた金守珍の手腕は見事である。蜷川幸雄へのオマージュとも思われる表現が煌びやかに散りばめられ熱量の籠った逸品は、アングラをしかと継承する可能性をも秘め刺激的に仕上りになったと思う。


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