楳図かずおが1982年に連載を開始した原作は、的確に時代を先取りした世界観を提示しており、今なお褪せることない刺激を与えてくれる。その傑作が、フィリップ・ドゥクフレの手により舞台化された本作は、原作をアーティスティックな筆致で彩り、観る者誰をも惹き付ける魅力を燦然と放っている。
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まずは、楳図かずおが描いた物語の先進性に、改めて驚かざるを得ない。真鈴と悟という小学生が結婚をすると宣言する。大人の世界に堕ちてしまう前の、強烈に純度の濃い思いを二人は共有している。そしてその思いが、真悟という子どもを生み出すことになるのだ。真悟とは、産業用アーム型ロボット。その後、離れ離れになってしまう真鈴と悟が、大人へと成長してしまう前に、真悟は二人の言葉をお互いに届けようと猛進していくことになる。
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フィリップ・ドゥクフレは、二人の子どもの言動にセンチメンタルに寄り過ぎることなく、自立した人間として捉える向き合い方が真摯だと思う。ましてや、真悟に対する描き方も機械ではなく意思ある人間にように扱われるため、SFではなく人間ドラマとして成立している。
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ミュージカルと謳われているが、ブロードウェイ・ミュージカルとは全く様相を異にする。キーボード、シンセサイザー、オープンリール、ドラム、ビブラフォンなどを駆使した、新機軸の新しいアンサンブルを堪能することが出来るのだ。また、鳥の鳴き声や風の音などの擬音も楽器が担っていく。
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フィリップ・ドゥクフレ自らが振付を手掛けるダンスもまた楽しい。それぞれの役柄が活きる人間的な魅力が溌剌と表現されていく。ダンス、歌、そして、衣装、照明、美術、映像などと見事に呼応しながら展開していくステージは、フィリップ・ドゥクフレの独壇場だ。まさに総合芸術であり、しかもエンタテイメントとしても成立させる氏の才能に酔い痴れることになる。
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小学生の真鈴を高畑充希が、悟を門脇麦が演じていくが、変に子どもの擬態をなぞることなく、物語の神髄と役柄の真情とをシンクロさせ、それぞれ一個の意思ある人間を造形していく。何にも頼ることのない自立した小学生像は、未来への希望を指し示すサーチライトの様にも感じる。
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真悟を担うのは、エリック・マルタンのデザインによるフューチャー・モダンな産業用アーム型ロボットと、俳優の成河である。無機質な中にもエモーショナルなニュアンスを注ぎ込む成河の在り方が作品とピッタリと馴染んでいく。悟のことが好きなしずかを大原櫻子が演じ、子どもが持つ大人の感性を伝播し可憐な魅力を放っていく。大人の悪しき側面を拡大したかの様なロビンを小関裕太が演じるが、自分の都合を最優先しながらも沈殿する哀しみをも感じさせる男を重層的に創り上げた。
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楳図かずおの原作を再構成し、作品の中から見事にエッセンスを引き出した谷賢一の脚本という屋台骨があってこそ本作は成立し得たのだと思う。トクマルシューゴ、阿藤海太郎の音楽、青葉市子の詞、そして、トウヤマタケオ、Open Reel Ensembleの演奏は、これまでのミュージカルにはない新しい地平と可能性を押し拡げた。今まで観たことのないステージを体験出来たことの驚きと楽しさを享受出来る。
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美術・衣装・振付を受け持つアーティスティック・ディレクター、エリック・マルタンの才能も特筆すべきだ。シーンを説明し過ぎることのなく、しかし、そのシーンからインスパイアされるイメージを最大限に広げて独自の世界観を繰り広げていく。日本の舞台の習わしとは発想を異にするそのプランは実に刺激的だ。
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フィリップ・ドゥクフレだからこそ獲得出来たオリジナリティ溢れるステージは、時代を先取りした楳図かずおの思いを、刺激的でアーティスティックに見事に変換して見せ、傑出した作品に仕上がった。更に磨きがかかって本公演に臨む本作の行方が楽しみでならない。
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