劇評328 

三谷幸喜が新たな地平を開拓した心に染み入る傑出した作品。

 
 
「子供の事情」

2017年7月8日(土)晴れ
新国立劇場中劇場 18時30分開演

作・演出:三谷幸喜
音楽・演奏:荻野清子

出演:天海祐希、大泉洋、吉田羊、小池栄子、
林遣都、青木さやか、小出伸也、春海四方、
浅野和之、伊藤蘭

場 : 初日です。事前に上演時間が分からなかったのですが、劇場にはちゃんとタイム・テーブルが貼り出されていました。劇場内に入ると、既に仕込まれたセットがステージ上に見てとれます。小学校の教室の1室です。

人 : 満席ですが、当日券は出ているようです。老若男女、様々な人々が来場しています。ドリンク・フードコーナーが、結構、賑わっていますね。皆さん、ゆったりと寛いでの観劇態勢です。

 今をときめく旬の俳優が揃い踏みなのは、三谷幸喜作品の醍醐味でもある。生の舞台で、人気の役者を見ることが出来るのは、それだけで楽しいですもんね。しかも、本作は実力派俳優陣が皆、小学生を演じるのだという。事前の情報はそれだけしかなかったが、期待感は高まるばかりだ。

 舞台は小学校の1室で展開される。教師などの大人は一切登場しない。放課後に教室に居残っている10人の生徒が巻き起こす物語が展開していくことになる。

 個性的な役者陣に振られた役どころが、また、楽しい。語り部となる小学生時代の三谷幸喜自身を演じるのは、林遣都。何か格好良過ぎはしないかと、心の中で茶々を入れるも、座組の中で一番年齢が若いということもあり、流石に小学生には見えないが、物語を観客に向けてブリッジする役回りとして適任であったと言える。あだ名を付けるのが得意だというのも求心力ある設定だ。自分はホジョリンと呼ばれている。物語の中軸に立ち、猛者どもをナビゲートしていく。

 天海祐希はクラスの中の頼れる存在で、皆からアニキと呼ばれている。天海祐希のキャラクターと大いに被るところが観客の期待を裏切らない。しかし、独裁者ではない。皆から慕われる人気者だ。そんなクラスの人気者を揺るがす存在となる転校生を、大泉洋が演じていく。チリチリ頭が特徴だ。ホジョリンはチンゲと命名するが、自分のことをジョーと呼ばせていく。

 吉田羊は、勉強家だが成績は悪いホリさんを演じる。このキャラクター、有りそうでなかなか無い設定ではないだろうか。後に、彼女の生い立ちに別の物語があることが分かってくる。複雑な役どころだ。小池栄子は見た目まんま、釈迦の性であるゴータマと呼ばれている。クラスの悪ガキでいつも悪巧みを考えている。まあ、可愛い悪巧みではあるが。

 伊藤蘭が売れっ子の子役、ヒメを演じていく。子役の可愛さとあざとさが上手く共存した役どころだ。クラスにこんな子がいたらウキウキしちゃうなという存在だ。浅野和之は相手の言う言葉を何でも繰り返してしまう通称リピート。皆にいいように使われてしまうきらいもあるが、絶対どこかでこの性格は転換するタイミングがあるはずという期待に応えてくれる展開も心難い。

 青木さやかはソウリと呼ばれる学級委員。担任教師のコバンザメ的存在であるが、学級委員に再任されなかったことにより、変身と遂げる展開が面白い。小出伸也が演じるのは恐竜のことなら何でもござれのドテ。こんな奴クラスに1人はいたよななどと思いを馳せていく。春海四方はこれまた見た目からきたのかジゾウと呼ばれている。小学生という設定であるが、言動はもはやオジサンだ。そのギャップが可笑し味を生んでいく。

 役者は揃った。役者のキャラクターを活かした役どころの設定もパーフェクトだ。面白くないわけがない。で、嬉々としてしまう程面白かった。

 子どもが考える悪戯や悪さ、そして、大人にも共通するであろう組織でいかにトップに昇り詰めるか、そのために謀られる戦略などが、小学生の世界において緻密に描かれていく。また、無邪気に見える反面、心の中で逡巡する子どもたちの思いも繊細に筆致され、人物像が重層的に描かれる。大人の鑑賞に堪え得る極上の人間ドラマが展開される。

 子どもの世界で起こっていることは、カタチは変われど、大人の世界でも当たり前に様に頻出しているのだといういう思いを強く抱かせる。人間って、なかなか変われないものなのかもしれないですよね。ここで展開している出来事は、全て、昔日の出来事なのだという感傷にも似た感情が次第に沸々と湧いてくる。

 劇場の奥行を活かしたラストが秀逸だ。ステージに佇む生徒たちが、次第に舞台奥へと教室ごと移動していくのだ。これまで起こっていた全ての出来事が、だんだんと過去のものへと変質していくのだ。この発想、最高である。観ているうちに、段々と、泣けてきてしまうようなのだ。

 ミュージカル仕立てでもあるサプライズも、また、楽し。三谷幸喜が、また、新たな地平を開拓した心に染み入る傑出した作品であると思う。


過去の劇評はこちら→劇評アーカイブズ