赤堀雅秋は現代に生きる人々の生活に寄り添い、そこで展開する出来事や、人々の心の奥底で蠢く感情を浮き彫りにして切っ先鋭いが、今作は、震災後から8年経ったとある町が舞台となっている。その町では、野生の猿が襲ってくるという猿害被害が起こっており、その被害を巡って巻き起こる問題や対立や理解がヒリヒリするような筆致で描かれていく。
☆
猿害といいながらも、実際に猿が舞台に登場することはない。見えざる敵と対峙するというこの構図は、コロナ禍における現在の状況を彷彿とさせられ、普遍性あるテーマであるのだということが後になって認識出来ることにもなる。
☆
自然災害は、日常生活に埋没してしまっていると、ふと忘れがちになってしまうことにもなるが、人間社会とは切っても切り離せないものであることは、時に啓示のようにして立ち現われることになる。本作は、そんな危機的状況に立ち向かう自警団を中心とした人物や友人、その家族たちが、どのような意識を抱くことになり、どのような顛末を迎えることになるのかということを照射していく。
☆
自警団のリーダーの様な役割を果たしているのが、向井理である。新作であるので、多分、宛て書きなのでしょう。ルックスも良く、信頼感も強いという無敵な設定であるが、物語が進んでいく内に、その様相が変質していく。
☆
向井理は別作品でもそうだが、美麗の奥に隠された、あまり格好良くないキャラクターが混在する役どころが印象に残るが、本作でもリーダーシップを執るに足りぬ言動が徐々に露見し、人徳が剥がれ落ちていくことになる。それが、物語の展開を大いに左右することになる。
☆
何だろう、この真実の姿が暴かれていくという展開が妙に心地良いのだ。ナイスガイの実態が見た目と乖離しているというこの差異が、観る者に妙な満足感を与える効果を発していくようなのだ。憧れの者が引き摺り落される光景を見れるという快感。そんな大衆の欲望を託したくなる向井理は、クリエーターたちにとっても実に興味ある存在なのではあるまいか。
☆
人間たちの小さな諍いごとや感情の行き違いが、連綿と積み重ねられていくことになる。しかし、猿害は収まることはない。人に認められたい、人より上の立場に就きたい、愛される人間でありたいなど、人の欲求は自分が幸福になりたいというベクトルの線上に成立している。そのために犠牲を強いていることも多々あろうが、大自然は何処吹く風、なのである。人が幸福になろうがなるまいが、猿たちにとってには全く関係ないことなのだ。
☆
華も実もあるベテラン俳優陣が、右往左往する人間の生き様をしっかりと演じていくことが物語に大いに説得力を与えていく。赤堀雅秋が描く世界にリアルさが刻印されていく。安心して観ていられるのが心地良い。
☆
猿害と対峙する人間たちを描いていくことで、人間にとっての幸福とは一体何なのであるのかということが浮き彫りになっていく。しかし何が起ころうとも、海や空は「美しく青い」ことに変わりはないのだ。泰然自若とした自然の前で日常的な幸福を追い求める人間の姿が見事に活写された佳品に仕上がったと思う。
☆
|