劇評73 

問題を突き詰める前段階の混沌とした空虚感が、作品全体を覆う。


「ノー・マンズ・ランド」






2007年6月2日(土)晴れ
東京グローブ座 午後6時開演

作:ダニス・タノヴィッチ
演出・上演台本:鈴木勝秀
出演:坂本昌行、内田滋、市川しんぺー、浅野温子
場 : 開場すると、既に舞台上には塹壕のセットが組まれている。塹壕なのだが、少し小奇麗な印象を感じる。堀の上は緑の雑草が生え、背景は入道雲が浮かぶ真っ青な空である。
人 : 満席ではない。ちらほらと空席が。観客の9割5分は女性である。年齢層は30代を中心に上下へと広がっている。友人同士といった趣きが多いが、母娘の姿も結構多い。

 舞台セット上部の堀の上の緑の雑草が、照明によりだんだんと赤く染まっていく。夕陽ではなさそうだし、血を連想させる赤でもない。どういう意味? とか思っていると、舞台上下と舞台端からスモークが流れ出す。そのスモークの出所がはっきりと分かるので、何か無理やり状況を作っている感じがする。1〜2分くらいかな、結構、長い間、そのスモークが1階会場の床に浸透するまで、吐き続けられる。客席の一番前の客が、スモークを手で仰いでむせている姿が可笑しい。




 会場が暗闇に包まれる。会場中を重低音の唸るような音が包み、ブルブルと劇場内の空気を振るわせる。戦争の恐怖感? それとも兵士の心象風景? などと思っていると、ほの暗い会場の奥から2人の兵士が登場してくる。主演の坂本昌行と兵士役の市川しんぺーである。ああ、ここは夜の戦場という設定なのか、とは思うが、じゃあ、この大量の煙は何? とか思っている中、芝居は始まっていく。この後、すぐ傍で起きた砲撃の爆風で、2人は塹壕へと吹っ飛ばされることになる。幕開きから、大量の疑問符が降ってくるのと比例して、気分はだんだんと冷静になっていく。




 塹壕に放り出された2人。倒れたままの友人ツェラを残し、坂本昌行演じるチキが偵察にその場を離れている隙に、内田滋演じる敵兵ニノが現れてくる。塹壕の中を調べ、そして、地面に穴を掘り、そこに地雷を仕掛ける。その地雷の上に倒れているツェラを寝かせるニノ。身体を動かすと地雷が爆発するという仕掛けである。そこに偵察からチキが戻り、ニノに銃を突きつける。そして、今まで微動だにしなかった倒れたままのツェラが声を発し、実は生きていたことが分かる。そこから3人のシーソーゲームが始まる。




 このブラックユーモアに覆われたアイロニーな舞台設定そのものが、この作品の肝である。敵兵と共に居続けなければならないという状況。何のために戦っているのかというバカバカしさが頭をもたげてくる。しかも、まさに、爆弾、も抱えており、ツェラが動くと殺傷能力が50m四方に及ぶ効果により、自らも命を絶たれてしまうという四面楚歌状態。政治倫理、宗教、使命、復讐、などあらゆる観念が渦巻くが、何処にも突破口はない。国連軍が救出に来てくれるのを待ち続けるしかないのだ。




 演じる役者も、作る演出も真面目である。真面目過ぎる気がする。映画は映画で別物なのではあるが、同郷のクストリッツァなどの作品も思い浮かべついつい比較してしまうのだが、あらゆる混沌を突き抜けた先にある生命力とでも言おうか、混乱する現実を高らかに笑い上げる達観したシニカルさなどは、ここにはない。




 坂本昌行は真摯に役に取り組むが不真面目な隙を作らないためチキのリアルな人間性がほころんで見えてこない。また、銃を持ち構える時に瞬時に走る緊張感のようなものが伝わらない。内田滋はテンションを上げて奮闘するが、緊迫した意識を維持出来ず空回りしている。これは、演出の指導も反映されているのではないか。ゆったりと緊迫感との緩急が薄いため全体的にメリハリがないのだ。市川しんぺーの存在が曖昧でいい。敵でも味方でもないという立ち位置がぶれず、見ていて安心出来る。浅野温子には驚いた。この戦場において、その格好はないだろうとは第一印象。3階席からも決して素ではないと分かるくらいバッチリ施された舞台メイクと、うねるようなソバージュのウィッグ。また、迷彩服をまとってはいるのだが、折り目さえついた汚しが一切な衣装は、まるでパリコレだ。この役が、天使なのか悪魔なのか、みたいな超越した次元で語られ、演じられているのであれば、それはそれで納得するが、一本調子で演じられる裏も表もない深みのないアプローチであるので、天使でも悪魔でもないのだ、と言うことだけはよく分かった。




 私にも戦争や戦場は分からない。しかし、戦いを掘り下げて考え、また、その奥に潜む人と人とのコミュニケーションを問うという思考や作業を経て作品を生み出している訳であろう。タレントさんの嗜好と作品の整合性とのコントロールも含め、作・演出の、技量が、問われた作品だと思う。突き詰めていく前段階で混沌としているような空虚さを感じてしまった。カーテンコールは2割の観客がスタンディングオベーション!? でした。きっと、坂本くんファンは満足出来たのでしょうけどね。