劇評99 

誰もが楽しめる、愚直なまでに直球な、ひとりの少女の女優成長譚。

「ガラスの仮面」





2008年8月9日(土)晴れ
彩の国さいたま劇場大ホール
午後6時30分開演
原作:美内すずえ
脚本:青木豪
演出:蜷川幸雄
音楽:寺嶋民哉
出演:大和田美帆、奥村佳恵、川久保拓司、
横田栄司、立石凉子、月影瞳、原康義、
月川悠貴、黒木マリナ、岡田正、夏木マリ
場 : 開場時から舞台は素舞台のままオープンになっている。開演15分位前から、役者の方々がバラバラと会場の通路を通って舞台上に上がっていく。そして、普段着からスウェットの稽古着に皆着替えていく。また、20人位の一般のお客さんのグループが2班。ナビゲーターに従い、舞台に上がりステージツアーを行っている。集合し始め思い思いにストレッチを始める役者たちと、ステージツアーをしている人々を見ながら開演を待つことになる。
人 : ほぼ満席。彩の国ファミリーシアターと謳っているだけあって、小学生中学年位の子どももお母さんと一緒に来ていたりする。終演時間が9時30分位になるのに大丈夫なのかなあ、とか思ってしまう。あと、「ガラスの仮面」ファン、なのかな。幕間には、原作と舞台との違いや比較を語り合っているグループもいる。


 舞台は散り散りに集まった若い役者たちが、ダンスのレッスンを始めるところからスタートする。開演時間と共にスッと異空間へと誘う手法が多い蜷川演出だが、特に開演ベルもなく、一斉に皆が自然とレッスンをし始めるこの導入が面白く新鮮に映る。若い役者たちがレッスンしている姿は、この舞台で役者を演じる役者たちのリアルな生活のイメージとクロスしていく。




  いつの間にか、客席に座っていた夏木マリが席から立ち上がり登場すると、客席が少しだけどよめいた。その仕掛けもさることながら、現れたのがマンガの原作そのままのイメージの月影千草だったということもあろう。かなりのビジュアル・インパクトがある。敢えて独自の視覚的世界を創造することなく、マンガの世界に忠実に沿ったビジュアル造形を展開したことにより、この有名な原作を読んで本舞台を観に来た来場者たちを楽しませ満足をさせることになったのではないだろうか。また、役は演じるものではなく、ガラスのような仮面をまといその役を生きるのだ、というこの作品の根幹を成す思想によると、原作を模した扮装をすることは、その人物のガラスの仮面を身に付けたことと同じなのかもしれないですね。




 オーディションで選ばれた主役のふたりには、それぞれに華がある。しかし、大和田美帆と奥村佳恵は、ビジュアル的には北島マヤであり姫川亜弓なのだが、資質は真逆ではないかと思う。大和田美帆は、これまでの舞台経験で培った安定感を見せる。台詞も明晰だし、感情の高まりをコントロールする術も知っているのだが、予想もしなかったような表現が表出してはこない。上手いのだ。しかし、その上手さに縛られている気がする。反対に奥村佳恵は、自分で自分の資質を自覚していないかもしれない、その、無、の感じが、見ていて半歩先にどうなるのかが全く予想がつかないのだ。ただツカツカと歩いて登場するだけなのだが、この人は怒っているのか、冷静なのかすらさえ判然としない。その曖昧さが何故かミステリアスに映るのだ。また、奥村佳恵の境遇は分からないが、大和田美帆は有名芸能人を両親に持つ身である。役柄的にも、有名女優を親に持つ姫川亜弓の方が近いとも言える。機会があれば、役柄を変えたバージョンを観てみたい気もする。



 青木豪の脚本がいい。非常に上手く原作のエッセンスを引き出し、整理し、まとめたと思う。舞台演出家の視点があったことも、脚本が重層的な厚みを増した要因のひとつなのであろう。寺嶋民哉の音楽は素直に感動を喚起させられるようなメロディラインが印象的だ。ただし、高音を歌い上げる大和田美帆の声のかすれが、少し気にはなった。




 隠れたテーマとか隠喩などといったものとは、本作は無縁である。太陽のように輝く北島マヤが、ひたすら愚直なまでに突っ走り女優として成長していく大河ドラマである。そのストレートなストーリー展開が、どの観客にも分かり易く受け取られることになり、多くの共感を呼ぶことになるのだろう。また、音楽劇にしたことで、気持ちを歌い上げるポイントがキッチリとフォーカスされることとなり、登場人物たちの感情が更にクッキリと浮かび上がることとなった。




  舞台は、舞台上で演じる役者と、観客とが共に作り上げていくのだというメッセージが心に残る。そういう意味では、オーディションを勝ち抜いてこの役を獲得した主役を暖かく祝福するかのように何回ものカーテンコールが続いたことは、いい作品に出来上がったということに相違ない。ここでもキョトン(としているつもりはないのだろうが)と佇む奥村佳恵の姿が、やはり他の役者と異質な雰囲気を放ち独特であった。