劇評257 

若者のパッションと大人の叡智とが見事に融合した、現代社会を反映した秀作。

 
「ロミオとジュリエット」

2014年8月14日(木) 小雨
彩の国さいたま芸術劇場 小ホール 13時開演

作:W・シェイクスピア
翻訳:松岡和子 演出:蜷川幸雄 
出演:菅田将暉、月川悠貴、矢野聖人、若葉竜也、平埜生成、菊田大輔、原康義、青山達三、塾一久、廣田高志、間宮啓行、大鶴佐助、岡田正、清家栄一、山下禎啓、谷中栄介、鈴木彰紀、下原健嗣、ハイクラソーナ、後田真欧、小松準弥、佐藤匠、原零史、福山翔大、竹村仁志、西村聡 ほか

   

場 : 彩の国さいたま芸術劇場 小ホールの基本形は、馬蹄形にせり上がった観客席にステージが囲まれる造りになっています。本作では背景にイントレを組んだりしてはいますが、基本形のまま、装置もないシンプルな素舞台で展開されます。蜷川さんの新たな挑戦とでも言うべきでしょうか。

人 : 女性比率が高いですね。菅田将暉くんを始めとするイケメン俳優陣のファンの方々が多い感じですね。年齢層はやや高めですかね。40歳代がアベレージかな。若干の空席があります。毎回、当日券が若干出るようです。

 特に目立った装置も何もない劇場空間で繰り広げられる「ロミオとジュリエット」。そしてキャストは、オール・メールでときている。観客と対峙するのは、俳優陣のみ。蜷川幸雄が課した命題は、新鮮だが高いハードルなのではないかと杞憂する。 

 ベテラン勢が脇をガシッと固めているとはいえ、若者のパッションと意気が前面に出てこそ、本作の意図は完遂されるのだと思うが、その意図は見事に開花することになる。若手俳優陣のその青臭さまでを抱合し、未熟な側面は溢れ出る熱情で凌駕させ、一人では担いきれない重荷は志を同じくする者たち同士の連帯責任とも捉えられるような連携により、鉄壁なアンサンブルが組まれていく。

 そうなのだ。まだまだ大人になりきれない少年少女が、生の絶頂から死の淵へと駆け抜けたたった5日間の出来事が、真にリアルに迫ってくるのだ。シェイクスピアの言葉に若者たちが必死に喰らい付き、もがいている姿そのものが、劇中で逡巡しながら生きているヴェローナの若者とオーバーラップしていく。大上段に構える向きには異論もあるかと思うが、こんなにも熱情的でフレッシュな「ロミオとジュリエット」は、なかなかないのではないかと思う。

 オール・メールゆえの仕掛けとして、舞踏会シーンの女性の衣装などは、敢えて上半身を半裸にして、男の肉体を晒したりもする。舞台で演じられている物語の虚構を隠さず露見させることで、逆に、登場人物たちのより深い心の深淵に近付いていこうというアプローチの様にも見て取れる。

 また、この場では男女共に顔を白く塗りたくる化粧が施されているのだが、このグロテスクな妖気さに、久々に“退廃”という言葉が頭をもたげてくる。日本の若い男優たちを、ヨーロッパの貴族社会へとブリッジさせる手法とも取れるが、「地獄に堕ちた勇者ども」のヘルムト・バーガーなどを彷彿とさせられるこのアクセントに、ただ若者が突っ走るだけではない、デカダンスさを秘めた階級社会の一端を、刷毛でサッと塗るかのように描いてみせ見事だ。

 俳優陣は、シェイクスピアの言葉を朗々とただ謳い上げるだけの表層に陥らず、身体に滾らせ血肉として沁み込ませている。詩歌のような台詞に飲み込まれ過ぎたり、翻弄させられたりするきらいが決してないのだ。

 菅田将暉は自らの中に沸き起こる感情に忠実に従い、その感情を起点としているため、ロミオという人間の軸がぶれることがない。何事にも一喜一憂する10代の男の馬鹿さ加減、人を愛する一途な気持ち、思い立ったらじっとしてはいられない猪突猛進さなどを、ストレートに演じ、好感が持てる。

 月川悠貴はジュリエットという役と自らとの間を行き来するような冷静さと客観性を持ち、そこに内から零れるパッションを滲ませていきながら、14歳のジュリエットの真髄を掴んでみせる。女性が幼い頃から持ち得ている女の大人の部分がフューチャーされ、女優が演じるジュリエットにはない、凛とした女性像を造形している。

 若葉竜也の自分の内に根ざした感情をしっかりと言葉に載せていく様は、非常に安定感があって心地良い。一連の事件の後に慟哭する様に、思わず目頭が熱くなる。矢野聖人は、殻を脱ぎ捨てた直後の鳥のように快活で軒昂だが、身体の一部にへばりついている殻のカケラが取りきれていない感じが未熟さを感じさせつつ、その青臭さが魅力に転じてもいると思う。平埜生成の直情さ、菊田大輔の品性も印象に残る。

 最後の最後に、蜷川幸雄を戯曲にはない、シーンを付け加えた。ハムレットのフォーティンブラスを思い起こさせるような少年がぶちかます行動が衝撃的だ。現代の歪んだ格差社会や、果てることのない戦渦の連鎖などが一気にクロスしてくる。大団円に終わることが出来ない現代の世相を反映させ胸が詰まる。

 オール・メールという異形さをも上手く取り込んだ、若者のパッションと大人の叡智とが見事に融合した、現代社会を反映する秀作に仕上がったと思う。何もない空間に幻想の世界を立ち上がらせるには、人間と言葉さえあれば充分なのだという事実が提示され、もしかしたら、世界は変えられるかもしれないという思いが心に沈殿しエンパワーされていった。


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