劇評20 

揺ぎ無い硬度を持つ傑作悲劇。

「オイディプス王」




2004年6月5日(土)晴れ
シアターコクーン 19時開演

演出:蜷川幸雄
出演:野村萬齋、麻美れい、吉田鋼太郎、壌晴彦

場 : 舞台はギリシア円形劇場を彷彿とさせる装置。石壁に覆われた空間は
前回のミラーを多用した効果から変化し、より一層シンプルとなった。
舞台には黒く枯れた大きな蓮の葉が生い茂る。「シブヤから遠く離れて」の余韻か。
人 : 満席の上に立ち見もぎっしり。静かな熱気が会場内を覆う。年齢層は様々。
熱心な演劇ファンといった感じ。しかし、総じてあまり若い子は多くない。

 野村萬齋の圧倒的な力量・技量と鍛錬された声、そして全開のパワーが、この作品を根幹から支えながらも、更なる高みへと隆起させるマグマにも似た作用も持ち得ており、緩急自在に戯曲を操ることが可能な稀有な役者の絶妙が会場を一心に集中させていた。



 この場を共有出来たという喜び。何物も無駄な感情も入る余地などなく、皆が自然に舞台を注視してしまうという幸せな劇場空間で、オイディプス王が辿るギリギリの人生をたっぷりと堪能出来た。



  コロスのパワーも圧倒的だ。五体投地や慟哭の舞いなど物凄く体力を使う演技であるにも関らず、放たれるパワーは終始全く衰えず圧倒的な迫力を持って観客に迫ってくる。また、同時に叫ぶコロスたちの声の大音量と相まって、オイディプスに拮抗する強力な布陣として成立していた。


 競演のベテラン俳優もまた鉄壁な体制だ。特に、クレオン演じる吉田鋼太郎の台詞回しは、野村萬齋と遣り合う丁々発止のシーンにおいて、観るものをも巻き込む強さと弱さを縦横無尽に発揮し、運命の変転に贖うことなく導かれていく人間の在り方を提示して見事である。また、テイレシアスの壌晴彦は、未来を見通す預言者を堂々と演じ、台詞劇の濃密な空間にパースペクティブな広がりを持たせる揺ぎ無い世界観を体現していた。川辺久造、三谷昇、菅生隆之、瑳川哲朗など、申し分ない演者のアンサンブルが、本作品を更なるクォリティの高みにまで押し上げていた。


 そして、麻美れいである。母であり、妻であるという難役を、全くの疑問の押し挟む余地の無い厳然たる美しさにおいて、その存在感は特別の異彩を放っていた。


 また、贅沢なことに、東儀秀樹の見事にギリシア悲劇とぶつかり合った音色と共に、本人の舞までをも堪能出来、見所満載のサービスに大満足。


 俳優の力をとことん絞り出した蜷川演出のコンセプトは見事にスパークし、これ以外の解釈や上演は全く無いであろうと思わせる程絶対的な世界を創り上げた。ギリシア公演の成功は既に約束されたのではないだろうか。