劇評220 

人間の中に潜む気高い思いと右往左往する哀れの両極を、ユーモアたっぷりに描いて白眉。

 
「ドレッサー」

2013年6月29日(日) 晴れ
世田谷パブリックシアター 18時30分開演



作:ロナルド・ハーウッド 演出:三谷幸喜
出演:橋爪功、大泉洋、秋山菜津子、平岩紙、
梶原善、銀粉蝶、浅野和之、本田遼、長友郁真

  

場 :  駅近なので便利です、世田谷パブリックシアター。ロビーには人が滞在することもなく、皆、席に着いていますね。劇場内の舞台前面には真紅の緞帳が吊り下げられています。この演目のために特別に設らえられた幕ですね。

人 :   満席です。当日券の立ち見席の方々もぎっしりです。お客さんは男性客よりも女性客が多い感じです。グループで来場の人たちも目立ちますね。また、話を聞いていると大泉洋ファンが結構多い模様です。

 自作でない戯曲の演出を手掛ける三谷幸喜の興味は、登場人物たちの中から可笑し味を十二分に引き出し開陳していくところにあると思う。本作は日本においてもいくたびか上演されてきた名作であるが、三谷幸喜は繊細に言葉を紐解く作業を経ながら、観客たちを劇世界の中へと導いていく。

 舞台は第二次世界大戦時下の1942年。時折、空襲警報が鳴り響く中、イギリスの地方の劇場を根城にするシェイクスピアを上演する劇団が、ソワレで「リア王」を上演するまでのドタバタと、上演後に起こるアクシデントの顛末を、アイロニーの効いたユーモア溢れる台詞の応酬を軸に緻密に描いていく。

 物語は劇団の座長とその付き人=ドレッサーを中心に展開していく。座長を橋爪功が、ドレッサーを大泉洋が演じていくのだが、息の合った師弟関係がピタリとはまり作品をグイグイと牽引していく。

 わがままなエゴイスト振りと演劇に身を投じて生きてきた威信とを綯い交ぜにさせながらも、舞台を成功させる座長役を橋爪功が説得力を持って演じていく。衰弱した意識の状態と身体に染み付いたシェイクスピアの作品世界とを行き来する座長であるが、朦朧とした中にも座員をシャキッとさせる渇を入れたり、若手女優にちょっかいを出したりと、様々な顔を持つ座長の魅力を絶妙の匙加減で造形していく。

 大泉洋演じるドレッサー、ノーマンは、作品のキーパーソンだ。街中で前後不覚に陥り病院に運ばれた座長は、劇団員の心配をよそにふらりと劇場に戻ってくるのだが、心身喪失気味の座長を復活させる役割は自分しかいないとばかりに、叱咤激励しながら座長を覚醒させていくことになる。台詞の其処此処に皮肉を盛り込みながらも師匠を真摯に慕うノーマンの、その愛憎が綯い交ぜになった真情の吐露が可笑し味を醸し出す。演じる大泉洋の、立て板に水の如く台詞を連射するその勢いに圧倒されつつ、ゲイ風の仕草も可笑しいユーモア溢れるその立ち振る舞いに、だんだんと目が離せなくなっていく。

 座長夫人を演じる秋山菜津子は、名優の娘であるという自負と、自分がその域に未だ辿り着いていないというアンビバレンツな気持を夫に託す様(さま)に悲哀を忍ばせる。舞台監督のマッジは銀粉蝶が演じるが、永年劇団を裏から支えてきた力強さと女性の優しさとを的確に共存させ、人間味ある人物像に仕立て上げる。平岩紙が上へと這い上がりたい若手女優を演じるが、女を武器にする役どころはなかなか新鮮だ。おみ足もセクシーに、作品に可憐な艶を添えていく。

 梶原善が頑固者の俳優オクセンビーを、浅野和之が老優ジェフリーを演じるが、こういう曲者が脇を固めているからこそ、作品に厚みが出るといった好見本のようなキャスティングだ。また、座長の楽屋の外の通路が見える構造の美術となっているため、戯曲上では登場しないシーンにおいても、楽屋を出入りしたり、廊下を歩いたりという場面が重層的に描かれ、オクセンビーとジェフリーは度々、観客の前に姿を現すことになる。この演出、なかなか心憎い。演劇という公演を俯瞰して見せる、三谷幸喜独自の視点がキラリと光る。

 舞台裏では例えどんなことが起ころうとも、人間的に歪んでいようとも、一度、舞台に上がれば全ては帳消しになる演劇の世界を描いて感動的だ。芝居に身を殉じる人々の姿に共感しながらも、何かに熱中する者をはたから見る冷静な視点をも抱合し、演劇好きではなくとも、ここで巻き起こる人間ドラマをじっくりと堪能できる仕掛けになっている。

 舞台を終えた座長はあっけなく人生の最期を迎えることになるのだが、そこでノーマンに対する思いが“何もなかった”という事実が発覚することになる。まさに、ノーマンは、ノーマン!であったのだ。その熟字たる思いを噛み締めながらも、明日を生きていく力を漲らせていくノーマンの姿に観る者はエンパワーされていくことになる。

 人間の中に潜む気高い思いと、その思いの前で右往左往する哀れの両極を、ユーモアたっぷりにクッキリと描いて白眉である。喜劇と悲劇が見事に融合し、人生、そのものとも言える本作に、乾杯!