劇評221 

未来を切り拓く強烈な意気とその中に孕む苦い想いが共存した秀作。

 
「盲導犬〜澁澤龍彦『犬狼都市』より〜」

2013年7月6日(土) 晴れ
シアターコクーン 19時開演



作:唐十郎 演出:蜷川幸雄 音楽:田山雅充
出演:古田新太、宮沢りえ、小出恵介、小久保寿人、
大林素子、大鶴佐助、松田慎也、堀源起、羽子田洋子、
加藤弓美子、佐野あい、青戸則幸、澤魁士、五味良介、
手打隆盛、つづ木淳平、妹尾正文、金守珍、木場勝己

  

場 :  初日です。が、ロビーはいたって平穏な雰囲気です。其処此処で関係者の方々の挨拶が交わされています。観客は演劇を見慣れた感のある感じの方多しです。劇場内に入ると、舞台前面には黒い幕が下ろされています。漆黒な状態のまま、開演を待つことになります。

人 :   満席です。立見席もぎっしりです。観客は男女年齢層問わず、様々な人々が集います。観客席には、葛井欣士郎氏や松岡和子氏の姿をお見受けしました。

 本作は、1972年に蜷川幸雄が結成した「櫻社」に、1973年に唐十郎が書き下した戯曲の再々演である。初演は未見だが、桃井かおり、木村拓哉、財津一郎が居並ぶ再演は、1989年に初見している。そこから約四半世紀を経て、蜷川幸雄は本作の上演を敢行する。 

 戯曲が特定の役者に書かれたという話は聞くに及ぶが、蜷川幸雄に書かれた本戯曲は、やはり、当人が演出を手掛ける使命を帯びた作品に他ならない。その前提自体が、既に、物語であり、伝説ですらあると感じ入る。

 不服従の犬・ファイキルは、既成の権力に購うメタファーとして物語全体を支配していく。ファイキルを見失った盲人・影破里夫は、コインロッカーでシンナー遊びに興じるフーテンにファイキル探しを託すことになる。

 そのコインロッカーの鍵穴に詰まった爪に火をつける女・奥尻銀杏。コインロッカーの一つに初恋の手紙を詰めたまま南の国へと旅立ち、バンコックのキャバレーダンサーに射殺された夫。銀杏は、今も、コインロッカーに100円を投入するために、毎日ここに通い詰めている。

 物語の設定自体が、リアルなロジックなど何処吹く風な展開が、弩級に心地良い刺激を与えてくれる。詩であり、生き様であり、時代であり、今を生きる人間の観念が、舞台の中に収焉していく様を、まさに、目撃しているかのような臨場感がたっぷりと味わえる。

 かつての時代を漂泊する人々が抱く焦燥感は、現代に生きる人々の真情にも通じる通低音として作品の中で鳴り響く。先行きの見えない世の中ではあるのだが、未来を発破する意気が沸々と作品から滲み出してくる。しかし、現状を打ち破った後に見えてくる目の前に拡がる世界観は、過去と現在とでは、きっと大きな隔たりがあるのだろう差異をヒシと感じることになる。

 アジテートすることで何かが変わるかもしれないことに、あらかじめ諦めてしまった今を生きる観客たちの姿を、姿の見えない不服従の犬・ファイキルが照射する。時を経て、戯曲の本質が今の空気感と見事にスパークする。その熱さを、冷ややかにではなく、パッショネートに描く手腕は、かつての時代を生きた御仁たちの、それこそ熱い想いが滾る熱情に他ならない。

 銀杏の目の前に、盲導犬学校の研修生となっている初恋の相手タダハルが現れる。かつてしたためた手紙をロッカーに封印された男と隔てられた3年という月日が、2人の逡巡する想いを暴発させる。その叩き付け合う感情が、愛おしく、且つ、哀しみを帯び、観る者の心がほぐされていく。また、亡き夫が現れ、物語を南洋へと誘う展開に目を見張る。日本とアジアとの間に存在する、現代にも連綿と通じる“縁”が透けて見えてくる。

 銀杏を演じる宮沢りえは艶やかな華があり、観る者の耳目を一気に集める。唐十郎の台詞を嬉々として謳い上げ、詩的な情感までをも感じさせる意気が溌溂と満ちていて酩酊させられていく。古田新太は盲人の破里夫を演じるが、戯曲の中からウイットに富んだ軽妙さを掴み出し、また、ゲイテイストも可笑し味に変えながら演じる存在感が楽しく、作品を面白くふくよかさを与えることに大いに寄与している。

 小出恵介はフーテンの少年を演じるが、無垢なピュアさがもう少し前面に出てくると、この少年のあてどない空虚感がもっと感じられたと思うが、破里夫に翻弄され、だんだんとほだされていく様が面白い。木場勝己は、盲導犬養成学校の教師と銀杏の夫を演じるが、渇や情感を見事に演じ分け、作品世界にグッと厚みを加算させていく。

 金守珍がコミカルに刑事を演じ軽妙なアクセントを付加させていく。盲導犬学校の研修生の一人を演じる大鶴佐助の肩に手を差し伸べるシーンがあるのだが、時代を超えたエールを受け渡すかの様にも感じられ、グッときた。タダハルは、さいたまネクストシアターの小久保寿人が演じるが、再演で観た渕野直幸と声の質が酷似していると感じてしまう。純粋な真情が透けて見え、銀杏との悲恋に説得力が増す。

 袋小路の様に閉じられたかに見える混沌とした現状を打破し、後の続く者たちを牽引するパワーを全開させて幕を閉じるが、最期に破里夫が叫ぶ台詞があまりにも格好良すぎる。未来を切り拓く強烈な意気とその中に孕む苦い想いが共存した、淡い哀しみが滲ませることに成功した秀作である。


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