映画監督である堤幸彦が、映像が持つ躍動感を真っ向から演劇に持ち込み融合させ、エンタテイメントとして昇華させた。もはや、演劇とも、ショーとも、区別することすら出来ない、いい意味での見世物として成立させた氏の手腕が全開だ。
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題材は世に広く知られた真田十勇士の物語。戦国時代最後の戦といわれる、大阪の陣を題材にとったフィクションを、マキノノゾミが独自の解釈で筆致していく。フィクションという“嘘”も、その奥底にある真情を突き詰めていけば“真実”に近付いていくのだというコンセプトが、本作に通底するテーマとして据え置かれていく。
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“虚”と“実”との間にある薄い皮膜を行き来しながら、登場人物たちは逡巡しながらも己の人生をパッショネイトに生き抜いていく。その“熱さ”が、何とも心地良いのだ。堤演出は、マキノ脚本から、真田十勇士の真情を掬い取り、最大限に拡張して観客に叩き付ける。
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観客にいかに楽しんで貰おうかという本作に集うクリエイターたちのスピリッツが、一貫して作品に流れてはいるのだが、少々表層的である感も否めないとも感じ取っていく。
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いや、観客が望んでいるのはこういうものなのだ、という向きもあるのだとは思う。本作を観ることにより、劇場に集う人々が、何に興味を持ち、何処に感動をするのかというポイント、言葉を言い換えればマーケティングとも言えるのかもしれないが、従来の演劇というジャンルにおいてはこれまで多分リサーチしてこなかったのであろうこういったポイントが、実は、今日、かなり重要な課題なのだということを発見することになる。この規模の公演に関しては、特に、大多数の人々から満足感を引き出すことが作品の成功の成否を分けるといっても過言ではないからだ。
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魅せることにかけてはプロのスタッフが居並ぶが、本作を演劇たらしめているのは、猿飛佐助を演じる中村勘九郎の存在に他ならない。舞台という板の上においては、歌舞伎役者の底力が思う存分発揮されることになる。所狭しと大きな青山劇場のステージを跋扈する中村勘九郎の、この躍動感! そして、座長として座組みを牽引する若いパワーに、観客もグイグイと引き込まれていくことになる。
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霧隠才蔵を演じるは松坂桃李であるが、クールで格好いい側面を最大限に拡大し、ファンの期待に応えていく。しかし、何分、予定調和な感があり、人間性の深みもあまり掘り下げられないため、劇画的な二枚目的なキャラの内に納まってしまった気がする。ハル王子を凌駕する存在感は、希薄なまま終始する。
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姿は現さねど、坂東三津五郎の語りが、グッと作品を引き締めることになる。この、声音には、思わず耳を傾けざるを得ない言霊が凝縮されている。紛れもない本物の力というものが堪能できる。
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真田幸村は加藤雅也が演じるが、この人物の解釈が新機軸で面白い。ルックスの良さを誇りながらも気弱で自信無げな同役は、意外にも観客の親和性を高めることにもなった。加藤雅也の体躯が、説得力を更に増していく。真矢みきの淀殿は、燐とする中にも、秘めた企みを押さえ込みながら、粛々と生きながらえる戦国時代の女を華麗に演じきる。映像でしか登場しない平幹二朗は徳川家康を演じるが、目力も強烈に、時代を変革する者のカリスマ性を全開にさせていく。
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映像を駆使した新奇性ある演出と、ベテラン演劇人の底力が絶妙にブレンドされ、少々、見世物興行的なライトさが軽いとも思われるきらいもあるが、万人が受け入れられる作品として成立させた堤幸彦独自の世界観が享受できるエンタテイメント時代劇としてエンジョイできた。
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