劇評51 

傑作スコアの体感は感激。

「THE WHO'S TOMMY」



2006年3月5日(日)晴れ 東京厚生年金会館 午後6時開演

作詞・作曲・脚本:ピート・タウンゼント 脚本:デス・マカナフ
演出兼振付:ダニエル・スチュワート
出演:ジョン・コンバー、ジェシカ・フィリップス、マイケル・ヴァーゴス、他
場 : 会場客席上下のエリアの席が黒幕で覆い潰されていた。舞台は紗幕が掛かっており、青いライトが動いて会場内を照らしている。ロビーでは、関連グッズが販売されているが、それほど盛況な感じではない。また、スタッフパスを首から下げた関係者が入口付近で目立つのも、演劇公演ではあまり見かけない光景である。
人 : ほぼ満席。概して年齢層高し。中には小学生位の子供を連れて来られてる方も。ご両親がきっとフーのファンなのでしょうね。

 1992年に産声を上げたミュージカル「TOMMY」が、時を経て日本に上陸した。ケン・ラッセルの映画版は、(以前の)日比谷スカラ座(初日の第一回目に見に行った!)での公開以来、もう何回も繰り返し観続けてきた、個人的にはとても大好きな作品であり、このミュージカル版も、NYやロンドンで公開されている時期に、何度も観に行こうかと思った位であった。




 また、10年程前に勤務していた広告代理店時代、このミュージカルを招聘する話があり、勝算は如何にと会社の代表者に聞かれたことなども思い出す。今回、協賛社で名を冠している企業名を見て、ある感慨を抱いたのは、きっと、私くらいではないだろうか。




 ステージは紗幕が掛かったまま、どのように男女が知り合い、恋に落ち、子を孕み、男が戦争へと駆られて行くのかを、スピーディーに見せていく。正面奥に組まれたイントレの上にバンドが控えており、青年時のTOMMYを演じる役者が、そこで歌いながら物語は進行していく。高音域の声が出ないのが少し気になるが、ロジャー・ダルトリーのようなアーティスト自体が稀有な存在なのだろうし、これは、ミュージカル版なのだと思い、進行を見つめていく。




 帰還した父が母の愛人を殺し、それを見ていたTOMMYに、何も見ていない、何も聞いていないと強烈に詰め寄るシーン。目・耳・口の3つの感覚を封じ込めてしまうクライマックスである。これが、意外にあっさりとしている。両親は、TOMMYに対してあまり問いかけない。今の状況を、どちらかと言えば、観客の方に訴えかけてくるといった具合である。見方によっては、幼児虐待という風にも捕らえかねないところを、サラッと流している感じがする。まあ、観ている方も、流れに沿って見てしまうが、やはり、ブロードウェイを通過してきた作品には、誰が見ても嫌な気分にさせないという配慮が行き届いているとも言える。




 このサラッと感は、他の人物造型においても同様な感じを受け取ってしまう。従兄弟のケビンも、暴力的な身振り手振りで荒くれるが、決して行動で暴力は振るわない。アーニーおじさんも、ゲイであることを強調するよりは、足が不自由なため孤独を募らせる悲哀を感じさせ、同情すら誘う演技である。しかし、強烈な個性をガンガンとプッシュしていく方法だと見えてこなかった、登場人物たちの側面が自然と立ち現れてきて、深い人物洞察がされているのだという感を強くした。人物の心情をつなげていくのだ。




 ピンボールに接することで五感を開放されるTOMMYであるが、そのピンボールのシーンの群舞などは、さすが、ブロードウェイであると感心してしまう。男女のアンサンブルが歌もダンスも見事で、隙がない。衣装の色やスタイルのバランスも素晴らしい。





 ラスト。全員が白い衣装を身にまとい、「リスニング・トゥー・ユー」を歌い上げるシーンは感動的だ。いろんな辛いことや悩みがあろうとも、明日に希望を託していくのだという決意。時を経ても全く色褪せない傑作スコアを体感出来たことの喜びを感じた。今観て、今感じる何かを大切に生きていこうなどと、多少、感傷の混じった感激を胸に、劇場を後にした。