劇評145 

至宝による至芸が小空間で体感出来るなんて贅沢の極み。傑作!


「表に出ろいっ!」
 

2010年9月5日(日)晴れ
東京芸術劇場 小ホール1 19時開演

作・演出:野田秀樹 美術:堀尾幸男
照明:小川幾雄 衣装:ひびのこづえ
出演:中村勘三郎、野田秀樹、黒木華

場 :  初日である。しかし、特に賑々しい感じはしない。だって、客席数は200席位ですからね。ミニシアターのキャパですよ。だから、満席でもさほど満員御礼感がないのではないでしょうか。しかし、勘三郎さんがこの小屋で観ることができるとは思いもよらなかったです。この小空間で至芸が体感できるとは画期的であり、かつ、贅沢の極みだと思います。野田さん、有難う!
人 :  来場者を見ていると、やはり関係者の方が多いようですね。勘三郎さんの奥様と勘太郎さんの姿なども見受けられます。その奥様が其処此処でご挨拶されているところを見ると、ご贔屓筋の方も多くお見えになっているようです。客席はもちろん満席。但し、各回、当日券も用意されているようです。この辺の配慮は嬉しいですよね。こういう観たい人に優しいサービスは、標準装備であって欲しいものです。

 抱腹絶倒、元気溌剌、豪華絢爛、驚天動地。どんな言葉を紡いでも、この作品の面白さを余すことなく伝えるのはなかなか難しい。演劇が生のエンタテイメントであるという醍醐味をたっぷりと味合わせてくれると同時に、役者が舞台の中心にいて作品全体を動かしているのだということを再認識させてくれた本作は、演劇は観客が楽しむためにこそあるのだということを十二分思い知らせてくれた。

 舞台は玄関へと通じるエントランスホールとダイニングルームがつながったというようなイメージで、2階へと通じる階段や次の間につながる暖簾などが設えてある。色合いはポール・スミスのラインカラーが大柄になったようなカラフルさで、リアルさからは大きく逸脱している。

 野田秀樹が描いた物語はシンプルだ。ディズニーランドらしき所で行われるアニバーサリーパレードを見たい勘三郎演じる能楽師の夫、ジャニーズのグループらしき男の子たちのコンサートに行きたい野田の妻、そして、マクドナルドらしき店で配布されるレアなノベルティグッズ欲しさに友人と交替で行列に並ぶ黒木華の娘が、(なんと!)ピナ・バウシュと名付けられた身重の飼い犬を置いては出掛けられないということで、誰が留守番をするのかという責任のなすり合い合戦が、超ハイテンションに繰り広げられていく。

 演技のキャッチボールなんて、そんな生易しいものではない。もはや、手にした球を思い切り相手に叩き付け合うドッチボールのごとき肉弾戦だ。しかし、ただ相手に容赦なく斬り込んでいくだけではない。ソロで舞ったり、踊ったり、叫んだりと、緩急自在にどんどんとテンションはエスカレートしていく。また、少々素に戻った風に相手の様子を見守る風体なども、その引き具合が観客の思いともシンクロし、舞台と観客席を越えて劇場が幸福な一体感に包まれていく。

 犬のために買ってあった鎖が持ち込まれ、それぞれを逃がさないために3人がその鎖に繋がれ合うという顛末になっていくのだが、並行して、実は娘はグッズ欲しさではなく新興宗教の集まりに参加しようとしていたことが発覚するところから、物語はシリアスな側面を浮かび上がらせていく。各人にとっての「神」という存在は一体何であるのかというテーマが、刷毛でサッと撫でるように物語にシニカルなアクセントを付加させていく。そして、各人が胸の奥底に隠し持っていた本音が暴露されていくことで、今まで家族を繋げていたと思われる糸は捻じ曲がり、家庭の平和は脆くも崩壊し始めていく。

 そこで、ハタと気付く。ハイテンションで、家の電話も携帯電話もぶち壊し、能楽師の家である故か完全防音構造の家であるため外部とは一切連絡が取ることができず、鎖が短いということもあって水を取りに行くことも出来ないという、家庭内遭難状態になってしまったことを。「赤鬼」での漂流シーンがここで想起させられる。どれ位時間が経ったのであろうか。皆もう床に突っ伏して寝転んでいる状態の中、スッと玄関のドアが開けられる。どうやら、訪ねて来たのは泥棒らしい。しかし、藁をも掴む思いで、夫は叫ぶ。「泥棒だろうが、何だろうが関係ない。助けてくれるその人が神なのだ」と。

 野田秀樹の前作「キャラクター」ともリンクする、人間の柔らかくて弱い部分に侵入する「神」という得体の知れない存在を、野田秀樹は本作ではまた違った切り口で開陳して見せてくれた。大いに笑わせ、そして、最後に少しだけ観客にしこりを植え付けた「表に出ろいっ!」は、日常、「表」にはなかなか出せることの出来ない、自分にとっての「神」の正体を軽快な手法で暴いた傑作だと思う。しかも、至宝による至芸によって、小空間で演じられるなんて、実に贅沢の極みだと思う。必見の演目であると思う。